第90話 昌幸の帰還―2

 昌幸の風貌は、一口に言って異相である。

 額が異常に広く、頬骨が高く出っ張り、眼鼻口の造作がやたらに大きい。とりわけ耳がバカでかい。身の丈は小柄ながら。腕が膝につくほど長い。


「無事のご帰還、祝着に存じまする」

 と、昌幸の凱旋を言祝いだ幸村は、言葉をつづけた。

「また、此度は、安房守あわのかみに任じられた由。重ねておめでとうございます」


 安房守とは受領名ずりょうめいである。

 通常、受領名や官途かんどは、足利幕府の推挙のもとに朝廷から叙位されるが、この頃は幕府が事実上、崩壊していた。

 従って、昌幸の安房守という受領名は、主君の武田勝頼が勝手に与えたもので、自称の名乗りより幾分ましな程度のものであった。


 それを幸村としても知らぬではないが、とりあえず受領名を主君から授かったのだから、子としては祝いの言葉を述べざるを得ない。


 昌幸は幸村の言葉に苦笑を浮かべつつ、いつものぼそぼそした声で応じた。

「まあ、幕府なき当今、受領名など名目だけのものよ。左様なことはどうでもよいが、叔父御の働きのおかげで沼田城はすでに落ちたも同然。これで、わしも当分、骨休めができるわい」

 大雑把な面相にふさわしくない、かぼそい声音である。


 昌幸のいう「叔父御」とは、言うまでもなく矢沢頼綱のことだ。

 頼綱は還暦を越した齢ながら、攻め手の将として大薙刀をふるって勇戦した。鬼神のごとき凄まじさであったという。

「いやはや、叔父御には到底かなわぬ。頼もしい限りよ」

 と、手ばなしの褒め称えようである。


「しかしながら、現在、沼田の陣には薩摩守さまと麾下の士卒のみ。総大将のお父上さまが前線を離れて大丈夫でございましょうか」

 この幸村の問いに、昌幸が唇を歪めた。


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