第86話 柔靭なる強さ―2

 後年、兄の信幸(のちに信之)は、幸村の性格について「物事に処する態度は柔和で忍耐強い。言葉は少なく、怒ったり、腹を立てたりすることがなかった」と述べている。


 幸村の性格をこれほど如実にあらわしている言葉はなかろう。筆者の「柔靭」という言葉もまた兄信幸のこの述懐から生まれている。


 幸村には、こうした芯の強さとともに、潔さがあった。

 大坂城唯一の弱点である南側に真田丸を築き、敵を一手に引き受けた冬の陣。そして、家康本陣にまっしぐらに突進し、捨て身の攻撃を行った夏の陣。二度にわたる壮絶な戦いから浮かびあがるものは、おのれの運命を天にげうつかのような潔さである。


 しかも、夏の陣における玉砕戦において、真田軍の兵卒は、逃げ出す者一人としてなかったという。死ぬことがわかっていて、足軽一人として逃亡しなかったのだ。

 最高の武将は、兵卒に死を喜んで受け入れさせる人間力を持っているという。大坂夏の陣において、真田軍はことごとく、幸村のためなら死を選ぶ「死兵」と化したのである。


『山下秘録』は、この幸村について、「異国は知らず、日本にはためし少なき勇士なり。ふしぎなる弓取りなり」と記している。


 物静かに、穏やかに、もののふとしての意気地を貫こうとする幸村の「柔靭」。その寡黙な心のうちに秘めた不屈の意志のかがやき――それこそが、常に覚悟が求められたこの当時の士卒の心をゆさぶり、き動かしたのではなかろうか。

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