第83話 不吉な予感―3

 山之手殿は、侍女にあたり散らした。

「あの小娘、この屋敷の奥を取り仕切るわらわをなんと心得るか。恭雲院さまのところに真っ先に辞儀とは、無礼にもほどがあろう」

 これに、侍女がうなずく。

「左様でございますとも。なんとも横着なことで……」


 しかしながら、佐江姫には、誰一人として口出し、手出しはおろか、指一本ふれ得るものではない。


 相手は小娘ながら、親族一門衆筆頭であり、若い頃から激情家として知られる矢沢薩摩守頼綱の愛娘である。

 老年になって授かった姫御前ひめごぜゆえに、その鍾愛しょうあいひとかたならず――たとえいささかなりともいえども、佐江姫に対して粗相そそうあらば、頼綱の逆鱗げきりんにふれることは火を見るより明らかなことであった。


 時を置かずして、佐江の母諏訪御前から、山之手殿宛に書状ふみが届いた。

「至らぬ娘なれど、此度の件、何卒ご寛恕かんじょ賜り、格別のお取り計らいにあずかりたく……」

 と、したためられている。

 真田家輿入れの際、山之手殿は諏訪御前に何かと世話になっていた。


 やむなく山之手殿は、佐江に屋敷内の一室を与えた。幸村の暮らす離れのそばである。

 屋敷内で起きす佐江は、山之手殿やその侍女たちが醸し出すよからぬ雰囲気を感じていた。特に、山之手殿の幸村の背に送る粘りつくような視線である。


 ――案じたとおり、この館には、鬼がんでおる」

 佐江は、自分自身の胸のうちで誓った。

「われは、夜叉なり。断じて負けはせぬ。わが命に代えても弁丸さまをお守りしてみせる」




 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る