第81話 不吉な予感―1

 さて、話は本筋に戻る。

 海野六郎の余計な邪魔立てはあったが――幸村の真田郷における日々がはじまった。

 当時の真田屋敷には、昌幸の老母恭雲院きょううんいんを筆頭に、奥向きを取り仕切る山之手殿やの娘たち(於国おくにら7名)が郎党や侍女、下人らとともに暮らしていた。


 この於国は幸村が真田郷に帰還した3年後、武田家の家臣小山田おやまだ壱岐守茂誠しげまさに嫁いだ。

 武田家滅亡後、小山田茂誠は昌幸の家臣となり、小県郡村松郷(現青木村)に領地を与えられたことから、於国は村松殿と呼ばれることになる。

 於国は誰にも敬愛される心配りの濃やかな女性であったらしく、幸村も生涯、この姉を慕ったという。

 

 真田屋敷において、次男であり、山之手殿から厄介者扱いされた幸村が住んだのは、嫡子の源三郎信幸(のち信之)とは異なる搦手門近くの離れであろう。というのは、この搦手口には、真田家の草の者らが暮らす「草屋敷」が集まっていたからである。


 一方、嫡男の信幸をはじめとして主だった家臣らの屋敷は大手口にあった。その周りには、塩、味噌、干魚や、燈油、小間物、古着などをひさぐ店、さらに染物屋、鍛冶屋、桶屋などがたたずむ。

 大手口前には、ごく小規模ながらも、いわば城下町のようなものが形づくられ、六斎市(月6回開催の定期市)も開かれていたという。


 鉄砲浪人の筧十蔵は真田郷の南にある矢沢城にいた。

 三十郎の引き回しにより、ひとまず砲術指南役としての役儀をつとめていたのである。

 その矢沢城内で、佐江の乳母であり、しつけ役の龍野たつのが、ときならぬ悲鳴を上げた。

「ひっ、ひえーっ、おやめくだされ。ひっ、姫さま、なりませぬっ」

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