第78話 女忍火草―2

 火草が、海野六郎の口説き文句を皆々に披露するという。

 これに、根津村の草の者らがまたもや一斉に反応した。

「いいぞ、いいぞ、火草どの。言ってやれ、言ってやれ」

「バカ六郎の口説き文句、早く聞きたいものじゃ。のう、みんな」

「おうともよ。わしらも女を口説く際の参考にしたいものじゃ」

 わらい声がどっと湧き起こった。


 幸村や三十郎、望月六郎らも苦笑を浮かべつつ、櫓の上へ視線を移した。

「まっ、待て。待ってくれ、火草どの。それは、あまりに無体むたいというもの」

 六郎のあわてふためいた声に、火草が畳みかける。

「どっちが、無体じゃ。もはや問答無用。これ以上、恥をかきたくなければ、どうすればよいか、六郎どのもお考えなされるがよい」

「わっ、わかった。わかったわい」


 ほどなくして、海野六郎の手で渋々、櫓門は開け放たれた。

 土塁に囲まれた真田屋敷は、平時の居館であり、ひととおり城砦の様相は呈しているか、それほど堅固な守りではない。

 そのため、南の大手門前には真田一族一門衆の屋敷が集まり、北の搦手からめて口には草の者の粗末な屋敷が守りを固めるように軒を並べていた。

 また、真田屋敷の敷地内には、東曲輪と西曲輪があり、一段と高くなった東曲輪に居館が構えられていた。


 その居館の蔀戸しとみどの隙間から、騎馬で西曲輪に雪崩なだれ込んだ幸村一行の様子をうかがう者がいた。浅葱色の小袖を着た女である。

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