第77話 女忍火草―1
海野六郎が火草に訊く。
「ひっ、火草どの。そこもとが、何故そこにおる」
かなり狼狽ぎみの声である。
「無論、われら根津村の草の者一同、弁丸さまの道中警固をつかまつり、ここまで参ったというに、六郎どののかくなる
「それはならぬ。われら、この館の主どのから……」
火草が美しい顔を歪めて失笑した。
「見えすいた嘘をくどくどと申されるな。その館の主である大殿、昌幸さまのお指図で、今日ここに弁丸さまがご帰還なされたのじゃ。しかも、大殿は昨今、上州の陣におられ、お留守のはず。六郎どのが申される主どのとは、いったいどなたのことか」
「む、む、むっ」
このとき、根津村の草の者たちから一斉に声が上がった。
「それは鬼御前であろう」
「こいつ、青鬼御前に雇われておるのじゃ。ハッハハ」
「信濃随一の弓矢の名手といわれた男が、金ほしさに鬼御前に雇われておるとはのう。ヒャッハハッ」
櫓門の上で六郎が顔をしかめている。あまりの屈辱に、おそらくギリギリと歯ぎしりしているのであろう。
ここで、火草が驚くべき言葉を放った。
「そうそう思い出した。この春、佐久村で六郎どのにおうたとき、なんとも耳ざわりのいい優しげな言葉をささやいてくれたのう。あの口説き文句、昨日のことのように思い出したわ。少し、ここで皆々に披露することにいたそう。六郎どの、よろしいか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます