第76話 海野六郎―3

 矢沢三十郎は重ねて問うた。

「この館の主に命じられて警固しておるとな。その主とは誰ぞ。まさか、昌幸さまではあるまいのう」


 追い詰められた六郎が、癇癪かんしゃくを起こした。

「うっ、うるさいっ!いずれにせよ、ここを断じて通すわけにはいかぬ。ねっ。即刻、ここから立ち退かねば、わが自慢の弓矢、そのほうらに馳走しようぞ」


「この若造めが!」

 と、三十郎が馬から降り、櫓門へと足を向けた。こうなれば、力づくで門をこじあけるしかない。


 次の瞬間、大気を裂いて矢が飛来した。

 しかも、三十郎の足もとから二寸先の地面に、三本の矢がつづけざまに突き刺さったのである。

 怖るべき超絶技であった。


「門に近寄ると命はないぞ。去ねいっ!」

 海野六郎の威嚇の声が上から響いた。


 ――そのとき。

 騎馬の群れのうしろから、最前列に出てきた女がいる。

 着古した藍染めの筒袖に、黒革の短い四幅袴をはき、腰には長めの棒手裏剣を帯びている。

 一瞥、男と見まごうような身形であるが、その眉目には凛たる美しさがあった。


 女が櫓門に向かって声を張り上げる。

「海野六郎どの。春の一別来、久方ぶりじゃ。なかなかに元気そうではないか」


「ひ、ひっ、火草ひぐさどの!根津村から参られたか」

 六郎の声がうわずった。

 その声を聞いた火草という女が、六郎に笑みかけた。

 美しく整った唇に、小さな糸切歯が見えこぼれている。

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