第74話 海野六郎―1

 幸村ら一行は、神川沿いの道を北上し、まもなく真田屋敷のある原之郷(真田町本原)へと入った。

 

 領民らから「御屋敷」と呼ばれる館は、背後の天白城、真田本城(真田山城)などとともに先代幸隆(一徳斎)の時代に構築されたものである。


 御屋敷は、真田郷を一望する高台にあり、真田家では古くからこの屋敷を平時の居館としていた。四方を囲む土塁の周囲には堀もめぐらされ、さらに屋敷の北側は大沢川が天然の堀となって、さながら城砦の様相を呈している。


 館の南に面した坂道に達したとき、矢沢三十郎が首をかしげた。

 平素は無用心に開け放たれている大手口の櫓門が、今日に限って閉ざされているのである。


 櫓門の上には、武者の黒い影が二つ、三つ。警固の者であろうが、何故に今日に限って、かように警戒が厳しいのか。


 三十郎が馬上、櫓門の上に向かって大音声を放った。

「それがしは、矢沢薩摩守頼綱の一子、三十郎頼康にござる。すでに御当主からお聞き及びとは存ずるが、これなるは真田家御曹司、弁丸さまにて御座候。く開門され、お出迎えなされよ」


 すると、板囲いの櫓から、一人の若武者が顔をのぞかせた。しかも、重藤しげとうの大弓をぎりぎりと引き絞り、矢をこちらに今にも放たんとばかりに向けているではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る