第73話 鬼御前―2

 三十郎は横に馬首を並べる妹の佐江に訊いた。

「何故にここまでして供をしたいというか。警固というなら、騒ぎ立てずに陰守りでもよかったのではないか」


 佐江がたちどころにばくする。

「兄上さま。行く手の真田郷には、弁丸さまを亡き者にしようと企んでおる者がおりまする」

「ふむ。それが山之手殿と申すか」

「直接、手を下さずとも、下女を使って毒飼いという手もございましょう」


 望月六郎が、佐江の背後から声を張り上げた。

「断じて、そのようなことをさせてはなりませぬ。万一のことありせば、われらが黙っておらぬということを見せつけることが肝要」


 佐江がうしろをふり返り、薙刀をかざして従う者を鼓舞した。

「鬼御前に、弁丸さまを軽んじさせてはならぬ!」


 この頃、幸村の出生にまつわる話は、誰にとっても公然の秘密となっていた。さらに、幸村が根津村に追いやられることになったのは、そもそも山之手殿の妬心によるものという噂が流れていたのである。


 となれば――。

 山之手殿がどのような陰険な企みを心に抱いているか、知れたものではない。佐江はこのことを危惧していた。


 騎馬に打ち跨った武者3人、そして美しい白馬に騎乗した乙女と、そのうしろにつづく野盗のごとき群れ。

 野良仕事に汗を流していた農夫らは、この異様な一団が通り過ぎるのを、口をあんぐり開けて見送った。


 しかし、真田郷には三十郎や佐江の思い及びばぬことが待ち受けていた。

 

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