第72話 鬼御前―1

 おのれの出自を鼻にかけるゆえか、それとも信玄の養女として真田家に輿入れしてきたという慢心のなせるわざであろうか。

 山之手殿は、真田家当主であり、良人でもある昌幸すらも軽んじる態度を事あるごとに見せた。


 その驕慢きょうまんな様を、口さがない人々が見逃すはずもない。

 領民らは山之手殿のことを表では「京の御前さま」と奉り、裏では「鬼御前」と呼んだ。さらに彼女が浅葱色あさぎいろの小袖を好んで着用したことから、「青鬼御前」という芳しからざる異名をも献上していたのである。


 妹佐江の「お供にお加えを」という願いに対して、三十郎は渋面をつくった。

「ふむ。供とな。それにしては、そなたらの物々しい身形みなり、ちと度が過ぎておるのではないか」


 困り顔の三十郎に、望月六郎が抗弁する。

「お言葉なれど、われらはこのような装束しか持合わせがございませぬ。お構いくださるな」


 馬上から幸村が見渡すと、なるほど佐江姫以下、彼らのほぼ全員が戦さ支度じたくのような出で立ちである。

 と言っても、まともな鎧兜に身を固めているわけではない。


 ある者は破れ具足に打ち刀、また、ある者は鎖帷子くさりかたびらに長巻、はたまた素っ裸に胴丸と額鉄ひたいがねをつけ、短い忍び槍を手にする者がいる。各自、おのおのの得物えもの(武器)を携え、佐江につき従っているのだ。


 それだけではない。騎馬の群れの後方からは、年端もゆかぬ小わっぱどもが数十名、けなげにも手に棒や竹槍、鎌などを持って追いすがって来るではないか。



 



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