第71話 いざ、真田郷へ―3

 殿城山の方角から、騎馬の群れが、馬蹄を響かせて秋晴れの野を迫りくる。その一群を率いるように、真一文字に駆けてくるのは、目にも鮮やかな白馬である。


 白馬の手綱をさばくのは、韓紅花の小袖をまとった乙女だ。

 黒い裁付袴の腰に、白柄の脇差を帯び、左腕には薙刀を掻い込んでいる。


 彫りの深い面に小手をかざしたまま、矢沢三十郎が茫然たる声音でつぶやいた。

「あれは、どうやら、わが妹の佐江のようでござるな」


 このとき幸村がはじめて口を開いた。

「佐江殿のうしろにつづくは、わが弟の望月六郎、さらに根津村のわっぱらに相違なく……」


 幸村のその言葉が終わる間もなく、蹄の音を響かせ、疾駆してきた佐江が、兄三十郎の脇に馬をつけた。

「兄上さま。われら一同、弁丸さまの道中警固をつかまつる。お供に加えてくだされ」


 佐江につづき、六郎、わっぱらの声が上がる。

「鬼御前に見参じゃ」

「いざ、青鬼退治をつかまつらん」


 彼らのいう鬼御前、青鬼とは、真田屋敷の奥向きを仕切る昌幸の妻、山之手殿をさす。


 山之手殿は、公家の血筋の出といわれ、真田家の郎党や領民らからは、「京の御前さま」と奉られていた。しかし、それは単にうわべのことにすぎない。領民らは陰にまわると、山之手殿を鬼御前と呼んだ。


 それには、それなりの理由があったのである。

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