第70話 いざ、真田郷へ―2

 幸村が馬上にのびあがって、筧十蔵の指差した方向を見据えた。

 たしかに、矢沢城のある小高い丘のほうから、ざっと30騎余の騎馬軍団が、白い土煙りをまき上げて迫ってくるのが見える。


 旗指物などの類が一切見受けられない。

 となると、やはり野盗の群れであろうか。

 それとも、ここ最近、信濃の地でも跳梁跋扈しているという風魔であろうか。


 風魔とは風魔小太郎を頭目とする相州乱波らっぱのことをさす。小田原北条氏に仕え、夜襲やゲリラ戦により、生け捕った将兵をなぶり殺しにするという残虐な徒党であった。

 後の江戸中期に書かれた『北条五代記』によれば、領袖の小太郎は、「身の丈七尺二寸、筋骨荒々しく、むらこぶあり。眼口ひろくけ、黒ひげ、牙四つ外に現れ、頭は福禄寿に似て、鼻高し」とある。


 しかしながら、これでは人間ではなく、化け物ではないか。おそらく世人に恐怖を与えるため、風魔一党が世に喧伝けんでんしたものが、そのまま伝説化したものと思われる。要するにガセネタであろう。


 さて、騎馬の集団を野盗と見た筧十蔵は、すかさず馬上筒を構えて咆えた。

「いざ、ござんなれ。鉄砲玉をたっぷり馳走してやろうぞ」


 幸村はそれを手で静かに制した。

 丘から吹き下ろす風にのって、口々に呼び叫ぶ声がかすかに聞こえてくる。

「若ああああーっ」

「弁丸さまあああーっ」

「若さまああああーっ」

 

 


 

 


 

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