第69話 いざ、真田郷へ―1

 幸村ら一行は、ひずめの音を響かせて真田郷へと向かった。

 矢沢三十郎は愛馬の青鹿毛に跨り、鉄砲浪人の筧十蔵は栗毛の馬の手綱たづなを取っている。栗毛は急遽、根津家から借り受けたものである。


 古くからある根津道をしばらく西へと進んだ後、神川かんがわを北へとさかのぼれば、そこに真田昌幸の本領である真田郷の地がひろがる。


 道沿いにのどかな里の景色がつづく。だが、その里の眺めも、じっと目を凝らして、よくよく観察してみれば、ただならぬ気配が宿っていることに気づくであろう。


 真田郷を囲む山々の尾根や丘陵には、松尾城、砥石城、矢沢城、矢沢支城、伊勢崎城、根小屋城、洗馬せば城、横尾城、内小屋城、真田本城、天白城、長尾城、弥六城、猿ヶ城、三日城、打越城、遠見番所など大小17の城砦が配されて、堅固な防衛網を張りめぐらせているのだ。


 東信濃の小県ちいさがた――この山間の狭小な領土を守り抜くだけで、当時、これほど多くの城砦を要したのだ。まさに凄まじい時代というほかない。


 三十郎は先頭をゆく幸村と轡を並べ、話しかけた。

「ご覧なされ。美しい里でござろう。この地と領民の安寧あんねいを守るのが、もののふとしての我らのつとめにございまする」


 幸村が前方を見据えたまま、三十郎の言葉にうなずく。

 三十郎はその様子を見ながら、

 ――口の重いことよ。鳳凰のひなは鳴かぬと聞いたが、さて、この御曹司は鳳凰なるか。

 と、心の中でつぶやいたとき、思いがけないことが起きた。

 風上の殿城山の方角から馬蹄の轟きが伝わってきたのである。それも一騎や二騎のものではない。


 十蔵が驚愕の声を発した。

「ややっ。あれはもしや、先日、三十郎どのを襲った盗賊どもでござろうか!」

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