第67話 お亀の方―2

 お亀の方は寂しげにうなだれながら、言葉をつづけた。

「そのような言葉を聞きとうて、そなたを今日まで育ててきたわけではないのじゃ」


「はっ、申し訳ありませぬ」

「謝るでない。この養母ははに謝るでない」

 見るや、お亀の方の垂れ目の目尻に、にじむものがある。

「………」

 しばし沈黙の時が流れた。


 やがて、お亀の方がうなだれていた頭をもたげ、意を決したように口を開いた。

「此度のはなむけに申しておく。そなたの産みの母御は、他国で息災にしておられる。われも根津家の者であり、くノ一の端くれ。秘すること多き忍びの道ゆえ、仔細は申せぬが、そなたの実の母御は陰ながらそなたのことを見守っておられる。そう信じて生きるのじゃ」


「………!」

 予期せぬ打ち明け話に、幸村は再び言葉を失った。

 あれは、物心がついた四歳の頃であったろうか。

「千代乃さまと瓜二つの女官を京の都でお見かけした」

 ――といった、趣旨の噂話を耳にしたことがある。

 あれは……あの話は、やはり真実まことであったのか!


 一瞬、われを忘れた幸村の耳に、お亀の方の声が聞こえてきた。

「いずれ、すべてを知る日が必ずや訪れよう。いつの日か、産みの母御と対面する日が訪れるやもしれぬ。その日を信じ、その日を励みとし、一日たりとも怠りなく精進なされ。自らの運命を信じ、生きるのじゃ。一途に生きるのじゃ。わかりましたか」

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