第65話 筧十蔵―3

 一方、命拾いをした三十郎は、

「いやはやかたじけない。あやういところを助けてもろうた」

 と、礼を述べつつ、十蔵が手にする鉄砲に目を落とした。


 それは、見慣れた「種子島」より、はるかに銃身が短いものであった。


 十蔵は三十郎の視線に気づき、頬をゆるませた。

「ああ、これでござるか。この鉄砲はそれがしが工夫し、国友くにとも鍛冶に鍛造させた自慢の馬上筒でござる。いざ、お手にとってご覧あれ。見てのとおり銃身短く、重さはおよそ5百もんめ(約1900グラム)。火縄でなくひうち石で点火し、4連発できるよう細工した代物しろものでしてな」


 訊けば、十蔵の生国は近江の国友村。代々、浅井あざい家に仕える地侍であったが、天正元年(1573)、信長の手によって主家は滅亡。以来、浪々の身となり、仕官の口を探したがいまだ果たせず、やむなく会得した鉄砲の技を諸国の武将らに指南して露命をつないできたという。


 ちなみに、戦国時代末期、日本にはおよそ50万挺の鉄砲があったといわれており、これは当時において世界最大の保有数であった。

 種子島に鉄砲が伝来したのは、天文12年(1543)のこととされているから、ごく短い期間に武器として普及したことになる。


 それだけ日本の戦国時代は、生き残り競争が激烈であったといえよう。


三十郎がひととおり話を終えたとき、下女が再び新しい茶を運んできた。それを旨そうにすすったとき、三十郎は幸村がまだ一度も口を開かず、おのれに真っ直ぐな視線を向けているのに気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る