第64話 筧十蔵―2

 三十郎の話によると、彼はここ根津村に来る道中、あのむさ苦しい浪人者に救われたというのだ。


 ――話はこうである。

 今朝、三十郎が殿城山にある矢沢城をち、馬の歩を進めていたときのこと。

 杣道そまみちのヤブ陰から、いきなり槍が突き出された。

「ギェッ」

 三十郎は大きくのけぞって、その卑怯な不意討ちをかわしたものの、落馬はのがれべくもなかった。 


 路上に転び落ちた三十郎の鼻先に、笹穂の槍先が冷たく光った。

 一瞥で野盗と知れた。

 薄汚れた小袖に、袖なしの獣皮を見につけた賊が、へらへらと下卑たわらいを浮かべている。その数3人。


 頭目らしき巨漢がほざく。

「馬と銭を残して立ち去れ。さもないと命を落とすことになろうぞ」

 これに手下どもが同調し、胴間声を張りあげる。

「死んだらおまんまも喰えぬ。女も抱けぬちゅうこっちゃ」

「否と言えば、その首は胴から離れることになろうぞ」


「ふんっ」

 三十郎が返事の代わりに、鼻で嗤った。

 次の瞬間、野盗の一人が腰の打刀に手をかけ、咆えた。

「この野郎、命が惜しくないのか!ならば冥土に送ってやる」

 白刃がきらりと鞘走った。


 その刹那、轟然たる音が鳴り響いたかと思うや、抜き身を持った賊徒が、三十郎の足元にたおれ伏した。

「それがし、ご助力いたす!」

 そのれ鐘のような声とともに、銃声がさらに轟いた。

退け、ひけいっ」

 頭目がわめいた。

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