第59話 山之手殿の企み

 ある日、山之手殿は腹をくくった。

 ――親戚衆の手前、この辺で、あのわっぱを屋敷に迎え入れ、真田家の正室たるわが雅量を示しておかねばならぬ。

 しかしながら、わが子、源三郎をしのぐような将才がうかがえたときは……。

 ――そのときは、毒を盛るしかあるまい。

 

 このように決断した山之手殿は、夫の昌幸になに喰わぬ顔で告げた。

「弁丸どのがこと。数年後には元服と存じまする。となれば、近々、お手元に呼びよせて、文武の道を涵養なされる時期かと」


 つまり、話がまわりくどいが、根津家から幸村の身を請け戻してもよいと言っているのだ。


 これを聞いた昌幸は、内心驚いた。

 驚きつつも、

「この女、やっと歩み寄ってまいったか」

 という思いが湧き起こっていた。


 昌幸は妻の山之手殿に大きくうなずいて見せた。

「それもそうよの。養い親の甚平どのには心苦しいが、左様にいたすこととしよう」

「ただし、条件がございまする」

「ほう」


 山之手殿の言う「条件」なるもの。

 それが、いかなるものか、昌幸には察しがついていた。

 妻の紅をさした唇が歪んで開いた。

「断るまでもござりませぬが、真田家正室である私めが腹を痛めた源三郎こそ、真田家の嫡男であり、まぎれもなく跡継ぎでありまするぞ。そのこと、くれぐれもお忘れなきように」

 まさに図星、昌幸の勘は的中であった。

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