第58話 矢沢の血筋―5
無法者を一騎で追い払った頼綱の剛勇は、たちまち四方に鳴りひびいた。
ほどなくして、滋野御三家の筆頭・海野氏の支族である矢沢氏から、真田頼昌のもとに使いの者が訪れた。
「ご子息、頼綱どのの武勇、まっこと感じ入り申した。つきましては、ぜひ当家の聟養子となっていただきたいと、あるじが申しております。この儀、いかが」
真田頼昌にとっては願ってもないことであった。
嫡男の幸隆は、謀略の才があり、その挙措、いたって慎み深い。しかしながら、この次男坊の頼綱は鞍馬寺からも追い出されるような持て余し者。やれやれ、これでこの暴れ者をお払い箱にできると喜んだ。
かくして、頼綱は矢沢家の名跡を継ぐことになったのである。
なお、矢沢氏は信濃の名族諏訪氏や根津氏の庶流という説もあるが、いずれにせよ、本貫地は真田の庄に隣接した矢沢郷であり、爾後、頼綱はこの地に住した。
父頼昌にうとまれ、少年時代からさびしい思いの年月を閲した頼綱が、根津氏に養子に出され、邪魔者扱いされている幸村に肩入れしないはずがない。
頼綱は折あるごとに、一族一門衆の前で幸村を擁護する言葉を重ねた。
日角の相の件についても然りである。
源三郎という嫡子をもうけた山之手殿が、こうした頼綱の言動に神経をとがらせないわけがないが、当主の昌幸ですら一目置く重鎮だけに、表立っては反発できない。
「頼綱どのともあろうお方が、たわけたことばかりをほざきおって」
と、毒づきながらも、某日、彼女は陰険な思いを胸に秘めて、ある決断をした。
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