第57話 矢沢の血筋―4

 季節は冬であった。朝の凍てつくような風がびんをなぶる。 

 白小袖姿の頼綱が槍二本を小脇に掻い込み、千曲川の河原へと馬を走らせると、無法者らはすでに焚火を盛大に燃やし、手を温めて戦う準備をしていた。


 頼綱は10名ほどの眼前の敵に大音声を放った。

「真田頼昌の一子、源之助である。近頃、この辺り一帯で無法を働いているというは、そのほうらか。命が惜しくば、ただちに信濃を去るがよい」


 これに頭目とおぼしき容貌魁偉な巨漢が濁声だみごえで応じる。

「グワッハッハ。源之助とやら、たった一人でわれらに戦いを挑むとは、見上げた度胸なれど、所詮蛮勇にしか過ぎぬ。しかも、具足もつけずに白装束。死を覚悟してのことか」


 頼綱が咆える。

「この白小袖は、貴様らの返り血を存分に浴びるためよ。この小袖を朱に染めて鼻高々と凱旋するのが、わが望み。久しぶりに暴れとうて、わが五体の血が熱湯のごとくたぎり、騒いでおる。いざ!」

「おうっ、参れ!」

 頭目が厚重ねの野太刀を鞘走らせた。


 その瞬間、頼綱は青鹿毛の駿馬を敵へと疾駆させつつ、一本の槍を頭目めがけて勢いよく投擲した。

「うっ!」

 刹那、頭目は胸に槍を貫かれ、絶命した。

 

 敵勢にひるみの色が見えた。

 すかさず頼綱は残るもう一本の槍を風車のごとくブンと振りまわし、敵中へ駆け入るや、たちまち断末魔の悲鳴が上がり、そこかしこで鮮血がしぶいた。


「退け、ひけいっ!」

 敵がうしろを見せて、一目散に逃げる。

 このとき、頼綱16歳であった。

 



 




 


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