第56話 矢沢の血筋―3

 矢沢頼綱は、若年の頃、手のつけられない暴れん坊であった。とにかく毎日、近隣の滋野家、海野家や諏訪家などの若衆を見つけては、理由もなく一方的に喧嘩を売るのである。熱い血の発露というには、あまりにひどい無法ぶりであった。


 当然、しばしば苦情が持ち込まれる。

 困り果てた父真田頼昌よりまさは、知り合いの僧がいる京都の鞍馬寺に、倅の源之助を僧侶にしたいから預かってほしいと手紙を送った。

 仏につかえる身になれば、少しは大人しくなるであろうという親心からであった。


 ところが、頼昌のアテは完全にはずれた。

 生来の奔放不羈な気性は、坊主の位なんぞに収まるものではない。

 武蔵坊弁慶の故事よろしく、夜な夜な寺を抜け出して、五条の大橋で通りかかった武士に喧嘩をふっかけるのである。


 頼綱の身の丈は七尺近い。

 当時としては頭ひとつ脱け出た大男の頼綱は、毎夜、六尺棒を振りまわして五条の大橋の上で躍動した。

 無論、幼少時代から実戦で鍛えている頼綱にとって、敵はいない。六尺棒をぶんと振りまわせば、連戦連勝。勝てば、その証拠の品として太刀を分捕り、寺に持ち帰った。やがて、ひとつの庫裏に太刀がうずたかく積み上がった。


 当然、鞍馬寺でも厄介者となり、結句、頼綱は寺を追い出された。

 頼綱は仕方なく郷里信濃に還ったが、おそろしいのか、誰も寄りつかない。しばらく無聊ぶりょうをかこっていたところ、親族の者が無法者に無理難題を吹っかけられ、土地を強奪されそうな雲行き――という噂が耳に入ってきた。


 このときとばかり、頼綱は勇んだ。

「今こそ、われの力を見せてくれよう!」

 すぐさま頼綱は、「千曲川の河原で待つ」と、無法者らに果し合い状を送りつけた。

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