第55話 矢沢の血筋―2

 山之手殿は、真田家の重鎮たる矢沢頼綱が、幸村びいきらしいという耳障りな噂を度々、耳にしていた。

 以下は、その噂の一例である。


 かつて頼綱の兄である真田幸隆が存命の頃であった。

 頼綱は兄幸隆に酒席でこう語りかけたという。

「兄者、お気づきであろうか。弁丸の額に、日輪の形をしたふくらみがあることを」

「おおっ、たしかに、眉間の上あたりに丸い形のふくらみがあるのう」


 兄の真田幸隆がうなずくのを見て、頼綱が言葉をつづける。

「あれは、まさしく日角にっかくの相。あやつ、ああ見えて、実は獅子の気魂きこんを蔵しておるのやもしれぬ」

「ふーむ」


 日角の相とは、古来「帝王の相」といわれる。中国の漢(後漢)王朝を興した稀代の名将、光武帝にもこの日角の相があったといわれる。


 真田幸隆がポツリと漏らした。

「なれど、あやつは望月千代乃どのの産んだ庶子。正室の山之手殿がもうけた源三郎(信之)は、弁丸の弟ではあるが、あれを兄として真田家を継がせるのが順当というものよ」

「それは、もっともなことである。本来は弟たる源三郎を嫡子とすることに異論はないが、弁丸は真田家なんぞを継がずとも、大きな働きをなして、武名を轟かすに相違ない」


 幸隆が大きくうなずく。

「お主は16歳の折、派手というか、無茶なことをしでかして、その結果、剛勇を買われて矢沢家に養子入りをした男。無論、無口で大人しい弁丸にも、われら同様、真田家の熱い血が流れておる。それが、血筋というものよ。のう、源之助」

 源之助とは頼綱の通り名である。


 矢沢家の名跡を継いだ源之助こと頼綱は、若い頃から、荒ぶる魂を持った傾奇者として四隣に名を馳せていた――。

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