第53話 毘沙門天の眷族―6

 佐江の異様な変貌に、わっぱどもがどよめいた。

 と――。

 血に染まった佐江の形のよい唇が、風にそよぐ赤い花びらのように、震えつつ開いき、幸村に向かって神宿りのごとき言葉を紡ぎ出したのである。

「はばかりながら、向後こうごは、この佐江を母さま代わりの者とおぼし召されませ」


 あまりの事の成り行きに、二人を見守っていた誰もが絶句した。

 いかに佐江が真田家血縁の者とはいえ、所詮、幸村より年若の妹分にすぎない。そのような者が、「母さま代わり」とは笑止な言いぐさであった。


 自恃じじの念の強い幸村が、眉根を寄せた。

 誰もが、幸村の言葉を予感した。

れ言を申すでない!」

 という不快の念をあらわにする言葉を、当然のように予感したのである。


 ところがなんとしたことであろう。

 幸村の口は真一文字に結ばれたまま、ひと言も発しないばかりか、その頬にはうっすらと光るものが、ひと筋流れている。

 

 佐江は幸村を抱きしめ、耳元につぶやいた。

「わたしめが弁丸さまを守ってご覧に入れまする。お祖父さま、お父上さま同様、立派な将となられ、いつの日か、必ずや日ノ本一のもののふになられませ」


 この日、この時、幸村の鼓動は佐江のそれと重なり合い、佐江の熱い血汐は幸村の中に奔流した。


 望月六郎はこの二人の様子を見て、独り得心に至っていた。

「夜叉は、軍神毘沙門天の眷族けんぞくという。もし、弁丸さまが毘沙門天の生まれ変わりなれば、佐江姫さまとの出会いは、前世からの宿縁……と申すべきか」


 宿命の物語のはじまりであった。

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