第52話 毘沙門天の眷族―5

 抜き身の懐剣を手にした佐江は、路傍にうずくまる幸村のもとへとまっすぐに駆け寄った。


 疼痛とうつうゆえか、幸村が端正な顔をしかめ、手で野袴の右裾をおさえている。その袴の裾を佐江がめくると、足首にふたつの牙痕がこん

 まぎれもなく蝮の咬傷こうしょうであった。


 牙痕からは血がにじんでいる。

 このままでは命があやうい。


 佐江は幸村の目を見つめて、言った。

「弁丸さま、しばしご辛抱なされませ」

 幸村がうなずく否や、佐江はおのが懐剣でスッと牙痕を切り開いた。血があふれ出た。


 すかさず佐江は土の上に身を横たえ、その傷口に唇を当てて、血を吸い取り、蝮の毒を吐き出した。繰り返すこと、数度。


 蝉しぐれのほか、物音ひとつとてない静寂の時が流れた。


 やがて佐江は身を起こし、萌黄もえぎ色のおのが着衣の袖を思いきりよく引きちぎり、それを血に染まった唇にくわえて、ビリリと引き裂いた。

 袖を繃帯ほうたいとしたのである。


 ややあって、遠くで雷鳴が轟いた。

 樹上で佐江を見守っていた飛雪丸が「ピユーィッ」と、鋭くいた。

 佐江はにわかに掻き曇り始めた空を仰いだ。


 刹那――!

 稲妻の剣が天を切り裂き、地に轟き落ちたかと思うや、佐江の五体から白い炎のようなものがもやのごとく立ちのぼった。

 瞬後、切れ長のまなじりがやや吊り上がったように見えたかと思うと、その瞼のふちにはスッと朱がさしたのである。


 


 

 

 

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