第51話 毘沙門天の眷族―4

 間もなく予期せぬ出来事が起きた。

 その日は、うだるような炎暑の日であった。


 弁丸軍団は、いつものまり場である太郎山神社へと向かっていた。一行がせ返るような草いきれの山道をたどり、太郎山の頂きにあるやしろに近づいたときであった。


 列の先頭をゆく幸村が、

「むっ」

 と、かすかな声を洩らし、はじけるように赤土の路傍に倒れ込んだ。


 幸村の後につづいていた六郎が、

「蝮だ!」

 と叫んだ。


 幸村を咬んだ毒蛇が、すぐそばの草むらで邪悪なとぐろを巻き、さらなる攻撃の機会を油断なくうかがっている。


 咄嗟に、ひとつの影が動いた。佐江であった。

 眉間を険しくした佐江が、手にしていた竹杖を振り上げ、蝮を一撃するや、

「たかが、くちなわ(蛇)といえど、許せぬッ!」

 と、その頭を草鞋わらじで踏みつけ、尾を両手でつかんだのである。


 そして、蝮の胴を思うさま引きちぎったのであった。


 佐江の少女とも思えぬ鬼気迫る行為に、わっぱの群れは雷に打たれたような衝撃を受け、粛然と静まり返った。

 その場の誰もが、狼の目玉を手でくりぬいたという佐江の武勇伝を思い起こしていた。


 蝮の胴を引きちぎって路傍に投げ捨るや、佐江は懐剣を抜いた。

 父頼綱から与えられた相州伝の名刀が、夏の陽光にさんときらめいた。

 一体なにをしようというのか――わっぱの群れは、息を呑んだ。


 


 

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