第50話 毘沙門天の眷族―3

 佐江の菜飯は貧しいものであったが、それでも赤貧洗うがごとくの下忍の子らには格別の馳走であった。

 またたく間に、佐江は弁丸軍団の人気をわしづかみにし、その呼び名も「鬼姫」「夜叉姫」から「佐江さま」「姫さま」と様変わりした。


 いつしか半年を過ぎ、信濃の野山は春から夏へと移り替わろうとしていた。

 城中での起き臥しでは得られない自由闊達な日々を手に入れた彼女は、日々嬉々として過ごしたが、ひとつだけ気にかかることがあった。


 弁丸こと幸村が、まったく口をきかぬ日がしばしばあることであった。

 もとより、その寡黙さは生来の性分とわきまえてはいるものの、つと数刻もの間、寿老松の梢の上に座し、誰も寄せつけず、座りつづけることがあるのである。


 なぜなのか。


 幸村と合わせ鏡のように瓜二つの望月六郎に、その訳を問うても、

「わかりませぬ。しかとはわかりませぬが、ただ時折、瞼が腫れているようなときが……」


 それだけのことを聞けば、聡明な佐江にとって、すべてを察するに十分であった。

「おいたわしや、弁丸さま。産みの母御の情けも知らず、心の中は虚しく、お独りにておわされる」


 いつしか佐江は幸村の姿を目で追うようになっていた。おのれ自身でも不思議なほどに、幸村のことが気にかかるのである。

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