第48話 毘沙門天の眷族―1

佐江は望月六郎と名乗る美しい少年の指差す方角を見やった。

小手をかざして、寿老松を見上げると、たしかに小さな人影らしきものが樹上にある。


「あれが、噂に聞くところの……根津家お預けの身となられた真田の若さまなるか」


 猩々緋しょうじょうひの袖なし羽織を着こんでいるのであろうか。

 それは、佐江の目には、赤毛の猿が大枝の根本にうずくまっているようにも見えた。


 じっと眺めていると、樹上の赤い影がつと立ち上がり、太郎山の頂きを指差した後、くるくると腕を回した。

 佐江が訊く。

「六郎どの、弁丸さまのあの仕草は……なにか言われておるような……」

「太郎山から雨が近づいておると申されております。姫にみのを差し上げよとも」

「わたしのことが誰だか、わかっているのですか」

「ふふっ、白い鷹を見れば……」


 直後、一陣の風が吹き、太郎山の頂上付近に霧が湧き起こったかと見るや、たちまち滝のごとく層雲が山裾を伝って流れ下ってきた。

 天候の急変を示す太郎山独特の「逆さ霧」である。

 ややあって、空から雨粒が落ちてきた。


 爾後じご、佐江の姿は、弁丸率いる一群の中にあった。

 いかなるわけか。佐江本人自身、ふと気づくとわっぱの群れの中に身を投じ、汗まみれ、埃まみれとなって野山を駆けめぐっていたのだ。

 

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