第45話 命、一途―3

 佐江は寿老松のほうに歩を進めつつ、鷹笛をピユッと鳴らした。

 すると、飛雪丸が空から舞い降り、佐江の肩にとまった。

 

 古来、日本の放鷹ほうよう術においては、えがけという鹿革の手袋を左手にはめて、鷹をその拳にとまらせる。鷹を据えた左拳は、微塵もゆるぎがあってはならない。


 が、飛雪丸は、わしほども大きくなる大鷹オオタカであった。


 そのため頼綱は、放鷹術を指導する際、非力な少女の佐江が鞢を使うのは「為しがたし」とみた。そこで、飛雪丸を佐江の肩にとまらせるよう調教したのであった。


 ちなみに、放鷹術諏訪流の始祖といわれる根津氏は、平安の昔から代々伝説的な鷹匠を輩出しており、そのことから、この上田盆地周辺では諏訪流が広まっていた。


 肩に飛雪丸を据えて、佐江は寿老松へと向かった。すると、いかなることか。寿老松まで後二町(約200メートル)余の距離まで歩み寄ったとき、鈴なりの果実のごときものが、枝々から一斉に離れ、敏捷な動きで地面に降りてくるではないか。


「やはり猿であったか」


 と、思った刹那、佐江は驚愕した。

 なんと、猿とおぼしき小さな影が逃げるどころか、寿老松の根元付近からワッと佐江に近づいてくるような気配を見せたのである。

 夜叉姫は切れ長の双眸を大きくみひらいて身構えた。

 

 

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