第44話 命、一途―2

 佐江は自分の愛鷹あいよう、飛雪丸がついてくるのを目で追いつつ、さらに残月の馬脚をあおった。たちまち残月はひと筋の白い光を描いて奔った。


鞍上あんじょう人なく、鞍下あんか馬なし。あれが男ならば、必ずや一騎当千の……言うまいと思えど、惜しいことよ」

 そのような父頼綱の胸中など知ることなく、佐江は、

「土塁や塀など仕切るものがない野で遊ぶのは、なんと心の晴々とすることか」

 と、思いつつ、空を仰ぐ。


 弓矢を携えているのは、飛雪丸の餌となるきじ、鳩などの山鳥を射るためである。


 上田の里の集落から離れ、上田城の北にある太郎山のふもとにさしかかったとき、彼女の目に不思議な光景が飛びこんできた。村人が「寿老松じゅろうまつ」と呼ぶ巨樹に、なぜか大きな果実が鈴なりに実っているのだ。


「はて面妖な……あれは松の木。あのような実がなるわけないではないか。もしや猿の群れであろうか」

 佐江はいぶかしそうに小首をかしげ、急坂の下で下馬して残月を灌木かんぼくにつないだ。


「あれは一体なんなのか」

 たかぶる好奇心を抑えられずに、佐江は寿老松へと歩を進めた。

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