第43話 命、一途―1

 白い鷹が天高く飛翔する姿を、黒目がちの大きな眸子ひとみで追いつつ、少女の佐江は白馬に跨り、父矢沢頼綱よりつなの居城たる矢沢城を一人脱け出ようとしていた。


 前にも述べたが、矢沢頼綱は真田家当主昌幸の叔父にあたる。すなわち、昌幸の父幸隆の弟である。


 佐江は紅葉もみじ模様の小袖に軽衫かるさん姿。半弓ながら重藤しげとうの弓を小脇にい込み、背には切斑きりふの矢を負うて、城門を出た。


「姫さま、なりませぬ。お一人でのご出門、なりませぬっ!」

 侍女の甲高い叫び声が背後で響いたが、たちまちその声が遠去かる。それは佐江の乳母でもある龍野たつのの声だ。


 龍野は小笠原氏の血筋の者だけあって、手習い、和歌、香道、礼法など諸事にうるさい。それでなくとも、悍馬かんばの気性を秘めた佐江にとっては、城暮らしはなにかと気詰まりであった。


 そこで佐江はこの日、気散じのために馬責うまぜめ(調教)を兼ねた遠出をすることにしたのである。


「ハッ!」

 佐江は愛馬残月ざんげつの背に揺られ、かやの穂が揺れる神川かんがわ沿いの道を下った。やがて着いた千曲川のほとりで愛馬に水を含ませるや、その馬脚を一転、北へとめぐらせ、風に逆らっている一気に疾駆させた。


 佐江は乗馬を好む。5歳の頃から馬に親しみ、天賦の才ゆえか、今や佐江は騎乗の名手となっていた。


 北へと向かう佐江は、蒼天をまぶしげに仰いだ。どこまでも澄み渡った秋の空。その青空高くに、白い小さな点がある。

 佐江の鷹、飛雪丸ひせつまるだ。

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