第40話 龍の末裔―1
真田昌幸が調略活動に精魂を傾けていた、その頃――。
弁丸こと少年幸村は、草の者たちに見守られ、すこかに育っていた。
それは、長篠の戦いの前年のことであった。
釣り竿を手に、千曲川沿いの道をゆく幸村の前に、突如、一人の騎馬武者が現れた。黒革威しの鎧に、白襟をつけた黒羅紗の陣羽織を着こみ、兜の前立てに鹿の角をつけている。馬上、無言である。
一陣の風が吹き渡った。
――もしや、敵か。
眉根を寄せて、鞍上の武者を睨み据えた幸村は、小脇差の柄頭にゆっくりと右手をかけた。
そのときである。
騎馬武者が口を開いた。
「弁丸!わしは、一徳斎じゃ。と、申してもわかるまいの。なにせ、赤子のときに根津家に預けられたのじゃからのう。わしは、そなたの
目を凝らして仰ぎ見ると、騎馬武者の顔がほころんでいる。目の奥が笑っている。
白い長髯を風になびかせ、祖父と名乗る一徳斎が声を張り上げた。
「聴け。聴くがよい。幼き弁丸よ。龍の血を継ぐ者よ。時節を待つのじゃ。心して、おのが時を待て。いつの日か、風が雲を呼び、雲が雨を呼び、そなたが天翔ける時節が必ず訪れよう。これをわが形見の言葉と思え。さらばじゃ」
老武者の一徳斎は、籠手をつけた手を上げるや、馬首を返し、ひと筋の土煙りを残して奔り去った。
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