第37話 武田家滅亡―1

 死の床についた信玄は、後嗣となる四郎勝頼をはじめ、山県昌景、馬場信春ら重臣たちを枕頭ちんとうに近づけて申し渡した。


「わが死を3年間、秘匿ひとくし、内政につとめよ」

 この遺言の直後、信玄は齢53にして卒した。


 しかしながら、この信玄の遺言は哀しいかな、大きなミスをしている。なぜならば、このような遺命では、次の武田家を担う勝頼の立場がないではないか。


「このわしがいなければ、武田家はあやうい。勝頼は、儂より劣る武将ゆえ、当分は無理をせずともよい」

 と、家臣団の前でわざわざ布告ふこくしたようなものだ。


 以後、勝頼は当然ながら古参の重臣から軽くあしらわれた。

「なにくそっ!」

 宿将たちの前でこうむった屈辱を晴らすべく、気鋭の勝頼は血気にはやりに逸った。


 矜持と野心、自負と覇気があれば当然のことである。


 信玄の死の翌年、勝頼は早くも動いた。

 天正2年(1574)2月、勝頼は信玄の遺命を破り、織田領の東美濃に侵攻し、明智城(岐阜県恵那市)を攻略した。


 その数カ月後には、返す刀で遠江を攻め、徳川の高天神たかてんじん城(岐阜県掛川市)を落としている。


 信玄ですら攻め取れなかった要衝高天神城をわがものとしたことで、勝頼は得意満面であった。偉大な父進言にまさる武名を上げ、頑迷な宿老らに武田軍団の総帥たる自分の力量を認めさせること。それこそが勝頼の望みであった。


 勝ち戦さに驕った勝頼は戦鬼と化した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る