第35話 根津家の猶子―2

 根津家は甲陽流忍術の正統を継ぐ名家である。


 代々、所領の根津村で百五十人ほどの下忍を子飼いしている。それら郎党は、平常、野良仕事などの小作にいそしみ、見たところ農民となんら変わりはないが、一朝事あらば、敵地に忍び込み、間諜、謀略、暗殺などをしてのける。


 無論、合戦があれば、戦さ忍びとしての働きをなす。近隣の諸大名、豪族らの需めに応じて働くこともある。


 この根津村の西にある古御館には、前にも述べたとおり、くノ一養成所ともいうべき歩き巫女修練所があったことから、亡き巫女頭の望月千代女、千代乃母娘とも身内同然の交誼を結んでいた。

 しかも、望月家と根津はそもそも滋野氏を祖とする血族であり、さらには同じ忍家としての誼もある。


 血縁、地縁の様々な縁がからみ、弁丸こと幸村は根津家の猶子として大切に育てられた。


 狭い村においては、噂の伝播も矢の飛ぶがごとくである。根津家に入った赤子は、道端や田の畔で、はたまた家々の軒先や囲炉裏端で、かくのごとく取沙汰され、噂の的となった。


「実は昨今、北佐久の村々に奇妙な話がささやかれておる。それによると、弁丸さまには双子の弟君がおわされるとか」

「して、その双子の弟君は、どこにおられるのか」

「弁丸さま同様、養子入りしたのよ。引き取り先は、佐久の望月家というぞ」

「なれど、それは重畳。たしか根津家と同じく、跡取りのおられぬ望月家にとっても、めでたいことではないか」

「左様、此度の養子縁組にて、真田、望月、根津御三家の紐帯は一段と強いものとなろう。まさに、めでたいことよ」

「その結び目に、弁丸さまがおられるということか」

「千代乃さまの血を引くということは、われらと同じ忍びの血を引くということ。いつの日か、われらの棟梁となるもしれぬのう。いや、そうなるに相違ない」

「うむ。たしかに。われら草の者、その日まで弁丸さまを大切にお守りせねばならぬ」

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