第34話 根津家の猶子―1

 真田昌幸は、根津甚平に頭を深々と下げた。


 その昌幸の神妙な姿を見て、甚平が言う。

「さて、昌幸どのもご存知のとおり、当家では跡取りの男子に恵まれておらぬ。向後、万一、嫡子を授からぬときは、弁丸どのに家督を譲ることもあろうかと存ずるが、いかがであろう」


 これに、昌幸は何喰わぬ顔で応じた。

「もしも先々、根津家にお世継ぎの誕生なかりせば、わが子弁丸を進ぜよう。申すまでもなく、われら両家は名門滋野しげの氏の末流。その血縁をさらに深める儀とあらば、身共みどもにお断りする理由はござらぬ」


「おおっ、ご承知置きくだされるか。ありがたや。そのお言葉で、ますます育て甲斐があるというもの。いまだ行方のわからぬ母御の千代乃どのも、この根津村で和子がすこかに育っておることをどこぞで耳にすれば、さぞや喜ばれよう。では、とりあえず猶子ゆうしとしてお預かりいたすが、それでよろしゅうござるか」


 猶子とは、「なお、子のごとし」という名目上の養子縁組みで、相続権はない。しかし、いずれ正式な養嗣子ようししに格上げされれば、根津家の家督を継げることになるのだ。


 ――これで、ゆくゆくは、この根津家は真田家のものとなるやもしれぬ。

 昌幸は、内心、してやったりとほくそ笑んだ。

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