第33話 弁丸の処遇―4

 真田昌幸は、策謀家らしい深謀遠慮を胸に秘めて、根津甚平と碁を打った。

 

 後手甚平の白優勢で囲碁が終局を迎えようとしたところ、昌幸がいつもながらの抑揚のない声をボソボソと口から漏らした。

「実は折り入って、甚平どのにお願いがござる。ちと心苦しいことなれど……」

「ふむ。して、その願いの儀とは?」


 昌幸が頭を掻いて、申し訳なさそうに答える。

「わが口、不調法ゆえ、単刀直入にもの申す。わが倅、弁丸を預かっていただけぬか」


 甚平が苦笑いする。

「やはり、そのことであったか。弁丸どのが産声うぶごえをあげたと聞いて、奥方が貴殿に薙刀なぎなたをふり回して暴れたとか。狭い在所むらゆえ、小さきことも耳に入るが、それにしても物騒なことよ」

「ならば話が早い。あやうく首が飛ぶところでござったわ」

「ふふっ」

 不惑の歳を迎えた甚平が、屈託のない笑顔を見せた。その背丈、子供かと見まがうほどの矮躯わいくである。


 昌幸は甚平の笑みを見て、ここぞとばかりに畳み込んだ。

「弁丸がこと、ぜひに頼み入り申す。とりあえず着袴ちゃっこの祝いのある五歳まで預かってもらまいか、さすれば……」

「その頃には、奥方の悋気りんきも薄れ、弁丸どのにも危害が及ばぬ……そして万事うやむやに、という目論見でござろうか」


 昌幸が再び頭を掻いた。

 

 美しい築山が見える庭から鶯の鳴き声がした。


 甚平が白瑪瑙めのうの石を碁盤に置きながら、無表情に言う。

「承知いたした。真田家の和子わこ、われらの腕の中で大切にお育ていたす」


 これを聞き、昌幸は心の中でニヤリとほくそ笑んだ。

 ともあれ、弁丸こと、真田幸村は、この日、根津家に養子入りとなったのである。

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