第32話 弁丸の処遇―3

 某日、真田昌幸は、ひとつの策謀を胸に根津甚平の居館を訪ねた。


 領民らから「御殿」と呼ばれるだけに、甚平の屋敷は豪壮である。周囲に水堀をめぐらし、土塁を高く掻き上げ、堀に架けられた跳橋はねばしは、いざという際にろくろ仕掛けで橋が引き上げられるようになっている。


 丸馬出しのある二の曲輪のやぐら門をくぐると、今度は空堀や土塁で囲まれた一の曲輪があり、その奥に根津家の本丸御殿ともいうべき屋敷がある。

 また、この居館の北に位置する城山には、本城が築かれ、下ノ城と呼ばれた。城山山頂からは佐久、上田、小県ちいさがたが一望でき、まさに絶景である。


 さらに、この下ノ城から列なる山の尾根を北東にたどれば、敵の攻撃に対して最後の拠点である「詰めの城」としての上ノ城がある。


 昌幸は甚平の妻お亀の案内で根津家の奥の間へと進み、甚平と対した。

 二人の間に、見事きわまるかやの碁盤がある。碁石は美しい光沢の白瑪瑙めのう、黒瑪瑙である。周囲の襖には、金箔をふんだんに用いた障壁画。目を上げれば格天井には金泥・銀泥を用いた菊花模様。


「根津家の財力、おそるべし」

 この居館を訪れるたび、昌幸は心中ひそかに舌を巻かざるを得なかった。合戦となったときの動員兵力も、真田家と互角、いやそれを上回るかも知れないのだ。

 昌幸はこの根津家をできれば乗っ取りたかった。

 

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