第31話 弁丸の処遇―2

 昌幸の思案おもいは、碁石をまさぐりながら、堂々めぐりをしていた。

「あの赤子を、このまま古御館に置いておけば、諸処への聞こえ悪し。さりとて、あの京女が取り仕切るこの屋敷に身柄を移せば、赤子の身に何が起きるやもしれぬ。はて、さて、いかにすべきか」


 碁盤を前に沈思すること一刻。

 昌幸は意を決したように、ようやく盤上に那智黒なちぐろをパチリと置いた。

 それは、捨て石の一手であった。


 昌幸がつぶやく。

「まずは里子に出してみるか。もし才なき愚物とわかれば、そのままよそにくれてやればよい」

 そのとき、昌幸の脳裡に浮かんでいたのは、長年の碁仇ごがたきの根津甚平じんぺいの顔であった。


 隣村の根津郷一帯を本貫地とする根津氏は、前にも述べたとおり、信濃の豪族滋野しげの氏を出自としている。諏訪神社の神事をつかさどり、また滋野氏の庶流である真田氏とは同族としての絆を守りつつも、つかず離れずの矜持きょうじある関係を保っていた。


 昌幸はわが子を里子に出すことで、滋野御三家の中心勢力である根津氏との紐帯をさらに深めようと企てたのだ。

 しかも、都合のよいことに、根津家の当主甚平は、今年不惑の歳を迎えたが、妻との間に未だ世継ぎの男子をもうけていなかった。


「となると……うまくいけば……」

 碁盤を前に、昌幸は策謀家らしい深謀はかりごとを心の中でめぐらせた。

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