第28話 幸村の出自―4

 真田昌幸と千代乃の二人は、貧しい薬売りの夫婦に身をやつし、敵地の駿河に潜入した。それでも、道中、山賊や追剥ぎは、草むらや森陰から突然躍り出る。


 そのたびに、なぜか、ツブテがどこからか賊徒に対して飛来し、眉間を割るのである。それでも、錆び槍、なまくら刀を振りかざす相手には、さらに容赦ないツブテが舞い飛び、その痛撃に閉口した賊はことごとく退散する結果となった。


 陰守りの佐助の技であった。

 どうやら、この草の者は、相手が賊徒とはいえ、人の生命まで取る残忍さは持ち合わせていないようであった。


「佐助どの、ご苦労であった」

 千代乃が、姿の見えぬ佐助にねぎらいの言葉をかけるたびに、指笛なのか、どこからか「ピーッ」というヒヨドリの鳴き声のような音が返ってきた。


 この旅で、真田昌幸は20名近い今川家臣を寝返らせた。

 永禄11年(1569)11月、満を持して、武田信玄は駿河に侵攻した。武田軍の馬蹄の響きが近づくや、今川氏真は戦うことなく、駿府の居館を捨て、重臣朝比奈泰朝やすともの居城、掛川城へと落ち延びて行った。


 氏真の逃亡直後、今川館は猛火に包まれ、累代のおびただしい財宝が灰燼に帰したといわれる。


 この1年後、千代乃は幸村を産み落とした。無論、昌幸との間に生まれた赤子ややである。

 

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