第21話 望月千代女―4

 信玄が声をひそめる。

「過日の合戦で雑兵どもが乱取りを行った。貧しい者どもがすることよ。それを止めると、あの者らの士気をぐゆえ、むごいことだがやむを得ぬ」


 雑兵とは足軽以下の身分の低い兵卒で、その大半は村々から徴用された農民で構成される。


 干ばつ、冷害、水害、合戦などにより、この当時は飢饉ききんが頻発していた。まともに田畑を耕しても喰うことすらかなわない農民たちは、戦さに出て敵国の食糧や家財を奪い取った。


 こうした雑兵どもは、日頃から飢え、不満がたまっているだけに容赦がない。

 放火、強奪、殺戮はもとより、多くの男女、子供を生け捕りにする奴隷狩りも行い、それが常態化していた。


 男は金山などの鉱夫や人足奴隷として、女は娼婦や下女として売り飛ばすのである。こうした人や物の略奪行為を乱取りという。


「そこでじゃ、千代女殿。乱取りの憂き目にあった幼き女子をそなたに下げ渡したい。いかがであろう」

 信玄の下問の意味を、千代女は即座に理解した。

「その者らをくノ一にせよと、仰せられますか」


「ふふっ、さといのう。話が早い。容姿のすぐれた者だけを選び、歩き巫女に仕立ててくれぬか。美女ばかりの歩き巫女軍団よ」

 歩き巫女とは、ご神体と呪術具が入った外法げほう箱を背に追い、白い手甲、脚絆姿で諸国を遍歴する呪術者のことである。


「ゆくゆくは、その者らを忍びとして使い、必要とあらば敵将の寝首を……ふふっ、男をとろけさせる淫技も念入りに教え込んでのう……ふふふっ」

 信玄は信濃領有後、上杉家の領国たる越後征服を目論んでいた。

 海が欲しかったのである。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る