第19話 望月千代女―2
永禄4年(1561)、武田信玄と上杉謙信の一騎打ち伝説が後世に残る川中島の戦いにおいて、望月盛時は討ち死にした。
その半年後、信玄は若くして寡婦となった千代女を、甲斐古府中の躑躅ヶ崎館に、突如、召し出した。
でっぷり肥え太った信玄の目の前に現れたのは、天下無双の美女である。その姿、まさに凄艶。絶世などという陳腐な言葉では、到底表現できぬほどの妖艶さであった。
「ふむ、噂どおりの名花であることよ」
心の底で舌を巻きつつ、信玄は厚い唇をもぞもぞとうごめかせた。
「千代女殿は、甲賀望月家の出と聞いておる。しかも、自らくノ一の秘技をきわめ、陰陽道や呪術、祈祷術なども神技に達する術師とか」
千代女は黙って板床に三つ指をつき、手を身を低くした。
その千代女の身に信玄の言葉が覆いかぶさる。
「ときに、わが旗印、風林火山は孫子の兵法の一節に由来する。その孫子に、敵を知り、おのれを知れば、百戦あやうからずとある。千代女殿は、これをどのように読みとかれるか」
「間諜、つまり忍びに重きを置いた用兵術と心得ております」
「ほう。さすが甲賀忍びの千代女殿である。さて、そこでじゃ。その千代女殿の技量を見込んで頼みがあるのだが、聞いてもらえるかの」
このとき、千代女は信玄の双眸に邪心がひそんでいるのを見抜いていた。
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