第17話 軍略の血筋―4

 砥石城を落とし、信濃小県郡の旧領を回復する――それこそが、真田幸隆が仇敵武田信虎の子、晴信に臣従した目的であった。


 某夜、幸隆は家臣に密書を渡し、砥石城内に潜入させた。実は、城内には弟の矢沢頼綱が村上義清方の将として加わっていたのである。


 戦国時代のこの当時、兄弟肉親が敵味方にわかれて戦うのは珍しくもなんともない。弟の頼綱は頼綱で、村上義清こそ真田家が恃みとすべき武将と考えていたのだ。

 密書はこの弟宛のものであった。


 頼綱は密書を披見ひけんした。

 それによれば、砥石城を落とせば、真田家の旧領は取り戻せるとある。書状を持つ頼綱の手がふるえた。今こそ、今このときこそ、千載一遇の好機であった。

 自分に目をかけてくれていた村上義清を裏切るのは心が痛むが、この際、やむを得ない。


 翌日の夜、砥石城二の丸の雑兵小屋から火の手が上がった。

 それを合図に、幸隆の兵が開け放たれた城門から雪崩れ込んだ。

 漆黒の闇がひろがる丑三つ時である。東太郎山の山肌に法螺貝が鳴り響き、陣太鼓がこれでもかと打ち鳴らされた。

 

 これに泡を喰ったのが、城方の兵であることは言うまでもない。

 不寝番の悲鳴が闇を切り裂く。

「夜討ちじゃ。敵襲じゃあ!」

 城方は寝込みを襲われ、恐怖に色を失った。

「兜をよこせ。槍はどこだ」

「バカ。そんなことより、逃げよ。逃げるのじゃ」


 城内はたちまち怒号と絶叫の混乱に陥り、そこかしこで同士討ちまで起きる始末。挙句、算を乱して逃げ散ったのである。

 かくして真田幸隆と矢沢頼綱の兄弟は、一兵も損なうことなく砥石城をものにした。

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