第16話 軍略の血筋―3

 武田晴信は、真田幸隆に怪訝そうに訊いた。

「そのほうの手勢は百名にも満たぬ。そのような寡兵で、あの砥石城が落とせようか」


 幸隆が無表情に応じる。

「もし、城を落としたとしたら、お屋形様は身共をいかが処遇されましょうか」

 晴信は幸隆の不敵に光る双眸をのぞき込んだ。

「ふむ。そのほう、なにか策があるとみえる」


 双方、しばし無言で対した。

 その沈黙を先に破ったのは、晴信であった。

「よかろう。寡兵で城を落とすなど万が一にも考えられぬが、もしそのような手柄があれば、そのほうの旧領小県ちいさがた郡を回復するとともに安堵いたそう」


 今から十年前の天文11年(1541)、幸隆は海野平うんのだいらの合戦に敗れ、真田氏累代の所領であった小県郡を失い、上野こうずけの国に亡命した。


 海野平の合戦とは、武田晴信の父信虎のぶとらと同盟関係にある諏訪頼重よりしげや、村上義清らの連合軍が、海野一族である海野氏、根津氏、滋野しげの氏はじめ真田氏などとの間で行われた戦いである。


 しかし、この合戦の直後、武田信虎は嫡男である晴信に駿河に追放された。その後、ほどなくして真田幸隆は上野国から帰国し、旧領回復をめざして仇敵の子である晴信に帰順したという経緯いきさつがある。


 晴信の「手柄次第で小県郡の所領を回復する」という言葉に、幸隆は初めて頬笑んだ。のるか、そるか。幸隆は乾坤一擲けんこんいってきの大博打ばくちを打とうとしていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る