第13話 赤き流星

 そのとき、佐江姫と父親の頼綱は、うまやに向かっていた。

 元服式の無礼講も幕を閉じ、真田郷の南にある矢沢城に帰城するためである。

 二人が愛馬の背にくらを置こうとしたとき、夜空が異常な輝きを見せた。


 頼綱が酔眼をみひらき、佐江姫が切れ長の眼を夜空に向けた。

 二人の眼に飛び込んできたもの。それは巨大な流星であった。


 赤い尾を引く超弩級どきゅうの火球が、星のまたたく南天に出現し、轟音をともなってき消えたのである。


 驚く佐江姫のかたわらで、

「ふーむ。やはりのう」

 と、頼綱が短い感嘆を洩らした。


 これに、佐江姫が敏感に反応した。

「父上様には、何やら得心されたようなご様子……」


 頼綱がうなずく。

「左様。天啓が下るとき、必ず天変ありという」


 姫が怪訝けげんそうな顔で訊く。

「今しがたの赤き流れ星。あれが天啓でございますか」

「そうじゃ。あ奴、源次郎は、断じてうつけなどではない。必ずや龍となる。天翔ける赤き龍に。わしの見立てに狂いはないわ」


 佐江姫の大きな眸子ひとみが、頼綱をみつめる。

「源次郎様が赤き龍に……いつの日か、天下を取られましょうか」

「ほう、天下とな。そこまでは、わからぬが、なかなかに面白いことになろう」


「佐江は信じまする。信じとうございます。今宵この日の天啓を!」

「ほう。姫は源次郎のこととなると、やたらムキになるのう。それほどまでに源次郎のことを……うっ、痛い。やめよ、姫」

 頼綱はまたしても愛娘に脇腹をつねられたのである。

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