第11話 三年前の約束―2

 お歯黒染め、すなわち鉄漿かね付けの儀とは、当時の武家の息女に行われた、いわゆる「元服式の女版」である。このとき、眉をる「引き眉」も行われ、それはいつでも結婚できる一人前の女としての証となった。


 政略結婚の多い戦国時代では、早婚が珍しくない。7、8歳で嫁ぎ、12、13歳で子供を産むというのは、ごくありふれたことであった。


 佐江姫は昌幸に畳みかけた。

「そのお歯黒染めの儀の折、大殿様は私めにお約束されたこと、覚えてらおぬとでも申されますか」


 苦りきって頭をく昌幸に、佐江姫がとどめの一撃を放った。

「ならば、これより、失礼ながら京の御前様のもとにお伺いし、お風邪のお見舞いかたがた、この場での大殿様の申されよう、お耳に入れてまいりまする」


 その瞬間、昌幸は背に粟立つものを感じた。

 それだけはイヤだ。勘弁してほしい。後で妻の山之手殿から、どのような口撃を受け、この身に手痛いたたりが及ぶことになるか、しれたものではないと怖れたのである。


 昌幸はついに観念した。この目の前の夜叉姫が、鬼門の山之手殿まで味方に引き込めば、自分に勝ち目はないのだ。

 片頬を引きつらせて、昌幸は白旗を上げた。

「おおっ、姫。そう言えば思い出したわい。あれか、あのことでござるか。ハッハハ‥‥‥。わしもとしを取って耄碌もうろくしたようじゃ。済まぬ、済まぬ。やっと思い出したわい」

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