第5話 夜叉姫―1

 幸村は大叔父たる矢沢頼綱のめつけるような酔眼を、穏やかに受け止めた。


 その幸村に頼綱が傲然ごうぜんと上体を反り返し、放言する。

「源次郎、そなたのことを、うつけ者、昼行灯ひるあんどん、はたまた暗愚などと呼ぶ者が家中におることを知っておるか。知らぬとは言わせぬ」


 そう問いつつ、盃をグイと干した頼綱の目が据わっている。

 かすかに幸村が頬笑んだ。


 頼綱がさらに言う。

「今は亡き信玄公も、若き頃はうつけと陰口を叩かれた。尾張の信長公も然りである。ところが、どうじゃ。ご両者の武名、天下に隠れなし」


 酔った勢いで、頼綱が言葉をさらに吐き出す。

「そなたとて、今はうつけと呼ばれても、いずれ信玄公、信長公のごとく大化けするやもしれぬ。たとえ、うすらバカ、ぼんくら、愚鈍ぐどん虚仮こけにされようと……」


 頼綱がそこまで語ったとき、突然――。

「なっ、何をするのじゃ、姫っ」

 と、顔をしかめ、左の脇腹をおさえて痛そうにうずくまった。

 

 どうやら、そばに控える美しい娘御に、思いきり脇腹をつねられたらしい。


「お父上様、先ほどからお言葉が過ぎましょうぞ」

 冷然とそう言い放ち、頼綱を頼綱たしなめたのは、まだ少女のおもかげが残る美姫びきである。


 長い下げ髪を目にもあや唐織からおりの打掛けの背に垂らし、辻ヶ花染めの大胆な紅扇柄の小袖をまとっている。その花も恥らうような美しくも臈長ろうたけた乙女は、鬼姫、夜叉姫との異名をとる佐江姫であった。

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