第3話 元服式―3

 幸村の無口な性分は、真田家中、知らぬ者とてない。一族郎党の中には、これはもしや暗愚の類ではなかろうかと、陰口をたたく者すらいた。


 そのような口さがない噂はともあれ、

「物静かなわかではあるが、時折、うつけのごとくぼうとされ、なかなかにつかみどころのないご気性であることよ」

 というのが、当時、幸村という若者に与えられた大方の評価であった。


 幸村よりずいぶんと年下にはなるが、徳川三代将軍家光いえみつがこの種のタイプであったらしい。


 旗本の大久保彦左衛門は、その著『三河物語』の中で、竹千代と呼ばれた家光少年のことをこう評している。


「物をのたまわず、人に御言葉をかけさせられたまう御事もなくして、何とも、御心の内知れず、いかにとしても、御世みよに就かせられ給うこといかがあらん」


 つまり、無口で何を考えているのかサッパリわからない。こんな感じでは、将軍職に就くのはちと難しいんじゃないかと言っているのである。


 彦左衛門は旗本でありながら、その身分を踏み越えて、なんとも無礼きわまることを記述したものであると驚きを禁じえない。


 いささか話が脇にそれた。もとに戻そう。


 さて、昌幸が、幸村に信繁といういみなを与えたとき、一人の老将が元服式に列した一同を見回して、おもむろに戦場鍛えの野太い声を発した。


「信繁とは、よき名でござる。まっこと、めでたい。この上田の城も本丸に加えて、来年の春には、二の丸、三の丸も順次落成するものと存ずる。実に重畳ちょうじょう至極」


 その老将の姿は、並み居る一門衆の中で異彩を放っていた。

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