7-2

弓を構えるリズナ。その手を包むように、彼女の紅色の髪の毛と同じ色の光が出現した。


「お願いします!」


 いかにも元気な気合十分なかけ声とともに、リズナはその光を大きくした。

 イアの杖の先にも光がともる。濃い青の石が、道場内に入ってくる光を反射して煌めく。


 イアの杖が光の玉を放出する。それとほぼ同時に、矢が紅色の光を纏いながら放たれる。光は矢を包み、なんと矢ごと消えた。困った、これでは軌道の把握がしづらいだろう。


「消えるんだナ」


 隣りのゼロが呟いたので俺は聞き直す。


「それ、見えてるのか?」

「わかるヨ」


 見えている、とも、見えていないけど気配で何とか察しようと頑張っている、とも取りづらい返事をして、ゼロは二人の模擬戦闘をみている。イアの桜色のカーディガンがひらりと動く。紅い光をまとう矢は床や壁やモノに当たる瞬間に再度姿を現すものの、自分に当たりかけるそれを視認してから逃げるのは少し難しいだろう。


 軽やかで無駄のないステップで互いの攻撃を避けながら、応酬は続く。今のところ二人とも被弾はしていない。体力という面ではやはりリズナに軍配があがりそうだ。イアの魔術は直球ストレート型で、細工のきいたことはできない。


 とうとうイアが出現した矢に気を取られ、リズナの接近を許した。紅い髪の少女は、先ほど俺が彼女にしたようにイアの背後にまわる。イアが逃げようと足を踏み出すところにうまく矢を落とすと、身動きが取れなくなったイアの肩をそっとたたき、「つかまえた!」と嬉しそうに言った。また拍手が起こる。



「難しい……」

 俺のところに戻ってきたイアが悔しそうに肩を落とす。


「矢の軌道は変わらないから、それを予測したらいいと思うけど」

「考えるには考えたんだけど、結構難しかったんだよね」

「そっか……」


 向こう側ではリズナがサイリと話している。


「あー、俺はいつでもいいけど、少し休むか?」


 リズナにそう話しかけに行くと、彼女は首を横に振った。


「まだ全然大丈夫!畑仕事で、毎日鍛えてるからね」


 言ってから破顔したところを見ると、彼女の冒険者仕事が、死地に向かって魔獣を狩るとかいった危なげなものではなく、困っている地元の人々を武術を使って助けるハートウォーミングなものなのだろう。



 再度道場の中心に歩きながら、俺は対策を考えた。消える矢、か。どうやって避けながら近づこう?


 リズナは余裕そうに待ち構えている。俺はその手元の弓矢を注視した。まずはイアに言ったような作戦でやってみようか。矢が軌道を変えたりはしないようだし。


 一撃目の矢が放たれて、消えた。恐らくこのままここに、と思われるところを避けつつ、槍のリーチまで接近を試みる。矢継ぎは相変わらず速いが、矢が見えなくてもなんとかついていける速さだ。


 矢の軌道を目でおって意識しつつ避けているうちに平衡感覚を失いかけるが、なんとか槍のリーチに持っていくことが出来た。リズナはその場で方向を変えて、その度に紅い光がトリッキーに動き回るが、一度軌道から外れてしまえばなんのことはない。コツを掴んだ俺は、もう一度後ろから寄り、弓矢を持つ手を右手で握りこんだあとにリズナの肩にとん、と槍の柄を当てた。


「あちゃ、やっぱり道場破りするだけのことはあるね」


「待て、道場破り?」

 サイリに目を向けると、彼は気まずそうに目を逸らした。


「道場破りって言ったんすか?」

「あぁいや。まあそんなものだろう」


 左手をヒラヒラさせて道場の壁の影に消えていく。階上に執務室があるのだ。


「逃げたナ」

「道場破りって……」

「おい兄ちゃん、次は俺だ」

「え?」

「私もお願いしたいわ。メフィが彼とやるなら、その後でいいけれど。疲れなくって?」


 栗色のゆるいウェーブがかった髪が大人っぽい、小刀使いらしい戦士が俺に向かってそう言った後に今度はイアの手を掴まえる。


「待っている間、彼女には私の愛弟子と戦ってほしいんだけど、いいかしら?」

「え……」

「最近入ったんだけど、魔法使いなのよ。火力が上がらないから、あなたと戦って練習してほしいの」


 予想外の人気に戸惑う。手を取られたイアも、目を見開きつつ頷いた。


「眼帯のあなた、子人族だよね?俺も見ての通りなんだけど、もし出来るなら俺とも頼むよ!」


 ゼロの前には同じくらい小柄な少年……彼の場合、少年ではもうないのかもしれないが……が、飛び跳ねるように現れた。


「それはそうと、ミラ……あぁいや、全部終わってからにしよう」

 階段を降りる音と重たい衣擦れと共に再び道場に現れたサイリが苦笑した。


「ゼロはどうするんだ?」

「……まァ、受けて立とウ」


 気が利く、新人っぽい男性によって、あっという間に道場が三分割される。ギャラリーに囲まれて、かなり緊張する。俺に声をかけてきた髭面の大柄な男は、俺たちの様子を見てにかりと笑った。


「悪ぃな、みんな好戦的で。くたびれっちまったら言ってくれよ」


 彼は槍使いだった。俺も槍使いと戦ってみたいと思ってはいたから、嬉しくはあるが、イアやゼロの様子が少し気になる。


「伸びっちまっても、簡単な設備だけど救護室はあるから心配いらねえぜ」

「あ、あぁ」


 道場の真ん中で向かい合う。男の槍はガタイと同じように太めで、独特の迫力がある。

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