7 Showdown



 翌朝、俺は白翼旅団の本部にいた。


 本部には道場があるらしく、ヨハンが約束通り案内してくれたのだ。赤茶色のレンガの建物の中には木の色のまだ新しい、確かに道場と呼べる広い部屋があり、なんだか身体の大きい強そうな男性や身軽そうな女性といったいかにも腕が立ちそうな人々がめいめいの道具を片手にめいめいのトレーニングをしていた。


「これは、すごいな……」

「うん。こんな場所があるなんて」


 人々は旅団の団員なのだろう。ヨハンと挨拶を交わしたり話したりしている。


「おはよう。よく眠れたか」


「サイリさん」

 後ろから突然声がして振り返ると、サイリが場内を見に来ていた。その後ろから若い団員たちが少し色めきたった様子でこそこそと話している。有名人だからそうなるのも仕方ないだろう、と思いつつも、なんだか特別な待遇を受けている気がして照れくさい。


「普段からこんなに人がいるのか?」

「いや、昨夜依頼の案内板に簡単な案内を出したから、それを見てきた奴もいるだろう。もともと鍛錬によく来ている奴らもいるが……」


 サイリが場内を見渡しながら解説してくれる。


「昼までとは言ってある。昼から暇なら回したい依頼があるが、時間は?」

「有り余ってるナ」

「ぜひ」

 うん、とサイリは頷いた。


「それじゃあ……リズナ」

「はい」


 リズナ、と呼ばれた女の子が返事をする。華奢だが引き締まった二の腕の筋肉がよくわかるラフな格好だ。


「こちら、ミラだ。案内板の右上の……」

「体験入門の方ですね」

「待て、体験入門?」

「門下生になる制度があるんだ。頭領は何人かいるが、リズナはアシュルのところの新人だ。……アシュルがいないのにお前がいるのは珍しいな?」

「今日はアストランに用事があるそうで」

「会わせてやりたかったよ、面白い奴だ」


 なるほど。リーダーを一人決めて、そこに師事して鍛練をするのか。白翼はなかなか奥深い組織らしい。


「えーと、ミラです。よろしく」

「よろしく!」


 リズナは手を差し出す。応えて握り返すと、元気の良い笑顔とともにきゅっと力を込められた。


「あたしはリズナ、弓使いだよ。普段はこうやって……」


 彼女は持っていた弓を構える。ぱちんこ、とまではいかないが結構小さめの弓だ。


「この、矢のところに薬を塗り込んでおいて、小型の魔獣退治をやってる。農地を荒らすような魔獣を退治する依頼が得意だよ。今日は薬はなしだけど、矢は本物。ミラの武器は?」

「俺は槍、だ」


 相棒を取り出すと、リズナの目がかがやく。


「すごい!本格的な槍だね、期待の新人さんだ」


「まずは手合わせするといい。リズナ、ミラはなかなか強いぞ」


 大きく頷いたリズナは、道場の真ん中に歩いていった。

「おいで!始めようー!」

「お、おう」


 なんとなくイアを振り返る。彼女は彼女で、狐につままれたような顔をしていたが、俺の視線に気づくと頷いた。両手の拳を小さく握って構える。頑張って、というメッセージだと受け取って、俺はリズナと向き合った。


「いくよ、」


 リズナが弓を構える。その方向を察知して、俺はまず槍を支点に飛び上がった。小型の弓は直ぐに照準を変えられる。リズナの弓が俺の脚を狙っていることが分かった上で、俺は敢えてその方向への着地をずらさない。撃たせておいて、隙が空いたところを狙うつもりだ。


 一つ目の矢が放たれた。俺はすんでのところで脚を引いてかわし、槍を構え直しながらリズナに肉薄する。


 少しだけ誤算だったのは、思ったよりリズナの前に出てしまったことと、リズナの矢継ぎが早かったことだ。危ないところで二発目の矢の軌道を避ける。後ろからしっかり近づき直して、槍の柄を首筋に当てる。


「え、え、」

 リズナが目を丸くする。

「はっ……や」


 ちょっと得意な気持ちになった。周りから注目を浴びていたようで、おお、とか、誰だ?、とか、色んなざわめきが入ってくる。


「流石だな」

 もう一度、おお、というどよめきが聞こえた。これはサイリの出現によるものらしい。


イアは頷いていた。ゼロは……ゼロは、あの眼帯でこれは、見えているのだろうか?よく分からないが、まあとりあえず、小さく手を叩いてくれている。


「ミラはあの二人の旅のナイト役なの?」

 槍の戒めを解かれたリズナが、床に突き刺さった矢尻を回収しながら尋ねてくる。


「いや、普通に友達だ」

「ほう!ということは、あの女の子も、戦ったりできるの?」

「え、あ、まぁ」


 俺より強いかもしれない、という言葉は飲み込んで、俺はイアを手招きした。翠を帯びた白の髪を揺らして首を傾げたあと、彼女は俺に近づいてくる。


「もし良かったら、手合わせをお願いします」

 リズナはイアにも手を差し出した。


「あ、えっと、ボクはこれ……この、杖が武器だよ」

イアは戸惑いつつも、先ほどの俺とリズナのやり取りをなぞる。


「え、もしかして魔術が使えるの?!なんだ、それなら早く言ってよ。あたしも使えばよかった」

「魔術が使えるのか?」

「うん、あたしのメインはそっち。もしかしてミラも使えるの?」

「いや、俺は使えないけれど……でも、魔術を使える人とも当たってみたい」

「じゃあ、彼女との戦いが終わったら、もう一回、今度は魔術アリでやってみよう。手加減しないよ」


 不敵に笑ったリズナは、イアに名前を訊きながら道場の真ん中に歩いていく。俺は端に寄った。邪魔になってはいけない。

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