6-4
リーダーのあっという間の敗北に男のひとりが一瞬目を見開く。俺はその隙をついて槍を振りかぶる。
「おい、殺すなよ」
首筋をサイリの囁きが掠めるのと同時に、イアのいる方向から光線が走った。俺の槍の穂先より少し下がもう一人の男の首の後ろを峰打ちするのと、イアに追い詰められた男が情けない声をあげながらヨハンに捕獲されるのとは同時だった。俺の背後ではゼロが鮮やかな手さばきで麻酔薬を塗った針を小柄な男に打ち込み、今ちょうど男の身体が崩れ落ちた音がした。残る一人はよたよたと逃げようとしたところにサイリが足を引っ掛け、台本でもあるかの如く綺麗に地面に突っ伏すことになった。
「うん」
サイリが頷いた。
「みんなでやると、早いな」
「ったく……」
心なしか満足気に頷いたゼロとイアに溜息をつきつつ、俺は伸びてしまった男たちを見下ろす。
「どうだ、人間と戦うのもなかなか難しいだろう」
「殺しちゃいけないあたり、気を使うな」
「魔物や魔獣は倒してしまえばいいですもんね。でも俺たちはほら、「軍」に引き渡さないといけないから」
「軍……皇都防衛騎士団カ」
「皇都防衛騎士のことを軍って言ってるのか?」
「最近はそうみたいだネ」
「縛りますよ!じたばたしない!」
ヨハンが男どもを押さえつけながら手元を封じているのを見ながら、そんな会話をする。
「かっこいい……」
イアは目をきらきらさせながら二人の様子を見ている。ヨハンが視線に気づいたらしく、首を少し傾げて微笑む。
「さすがですね!助かりました」
「いやいや、そちらこそ」
鮮やかな体術だった。
「引っ張っていったら、解散ですかね?」
「そうだな。いや、五人も引っ張るのは大変だから、迎えに来てもらおう。軍本部なら常に五人以上詰めていたはずだ。ヨハン、行ってくれるか。俺が見張っておく」
「俺も手伝います」
「じゃあ、一緒に見張るとしよう」
手を使って立ち上がることが出来ずにウンウン唸っている強盗たちを黙らせながらヨハンと「軍」の騎士たちを待つ。存外早く、大儀そうな鎧を光らせながら、騎士たちがやってきた。
「ご苦労さまでした」
「いつも世話になるな」
「こちらのセリフですな。白翼の皆様には大助かりです」
へぇ、と思った。皇都防衛騎士団のメンバーにも一目置かれているのだ。サイリは思ったよりもさらにすごい立場の人間なのかもしれない。
「そちらの方々は」
「あ、」
「旅人ダ」
説明しようとした俺の袖をゼロが引く。有無を言わさぬ口調で遮られ、驚いてゼロを見つめる。眼帯の目元からは何を考えているか伝わってこない。
「被害を受けていると思ったんだがな、存外手練れでかえって協力してもらうことになってしまった。今日はもう疲れているようだし、しばらくこの町にいるようだから、聞きたいことがあれば明日以降に訪ねるといい。白翼の仮メンバーになることになったから」
「それがいいですな。それでは御三方、お気をつけて」
サイリのセリフに笑みながら頷いた髭面の紳士が、五人をひったてながら連れていく。
「ありがとウ、面倒事が避けれてよかっタ」
「彼とは昔馴染みでな」
「俺もお世話になってます」
へえ。感心しつつ、ゼロを見る。
「なんで止めたんだよ」
「長くなるだロ」
小さな口元が意固地に結ばれている。話すと長いのは事実なので、俺は追及の手をゆるめた。
「じゃあ、旅館……か?」
「本当に高いところなの?」
「まさカ。囮になるための嘘に決まってるだロ」
「そうだよなー」
ちょっと期待はずれではあるが、俺は腕を組んでゼロの後を歩く。
「どこの旅館なんですか?」
「この先を曲がったところダ」
「あぁ、それじゃ風呂は格別ですね」
「そうなんですか?」
「はい。いいお湯ですよ。存分に満喫してください」
「観光で来たわけじゃなイ」
とは言いつつ、ゼロの口元は優しく緩んでいる。なんだかんだ考えて取ってくれたのだろう。
「着いタ」
ゼロが足を止めた。
木造の建物は飴色で、小さいが親しみやすい雰囲気を醸している。ドアの一部にガラスの窓があって、女将らしき人が会釈をしてくれる。
「さっきは手伝ってもらったが、怪我がなくてよかった。しっかり休んで、また明日」
「また明日。白翼でお待ちしておりますね!」
二人が手を挙げる。
「また明日。おやすみなさい」
イアがぺこりと頭を下げる。
「旅団の人々ニ、よろしク伝えておいてくレ」
ゼロが会釈を返す。
「楽しかったっす。明日からよろしくお願いします」
俺も頭を下げると、サイリの目尻にしわができた。
「楽しみにしてるよ」
宿の前で二人と別れ、女将と話す。ゼロが万事上手くやってくれたようで、俺たちは過ごしやすい部屋と、柔らかい布団と、ヨハンの言う通りの熱い湯にありつくことができた。
布団の中から手を伸ばす。
自分の町からはるか遠く離れたこんな場所で、初めて会った人とこんなに打ち解けるなんて、なんだか夢のようだ。
三人が三人とも一人ずつの部屋だから、お互い一人だけの夜はなんだかんだ初めてになる。新鮮だ。
上手く寝付けるかしらん、と思ったのは杞憂で、俺の頭は枕に吸い込まれるように、深い眠りに落ちた。
暗闇の中に人が立っている。
それの手が喉元に伸びてくるのを感じ、俺は目を覚ました。
「お前は」
影は怯まず、俺の首元を掴む。力が入り、首は絞められていく。思わず掴んだ両手が、思った通り冷たい。
「……久しぶり、だな、」
首が絞まっているせいで、うまく発音できない。母音だけのように聞こえるだろう俺の声に、影は答えた。
「待っていたの?」
語尾は気品よく、そして冷酷に響く。
「っぐっ」
顎の根元が強く抑え込まれる。
「殺されるのを待っていたの、と聞いているんだけど」
喉が動かせない。代わりに、喉笛から物が詰まった時のような音が鳴る。
「お前にそんな胆力があったなんて」
ため息のあとに、影は吹き出す。
「想像もつかないこと」
喉元の手は離れない。冷たい指先が、液体をつらまえるように俺の首の骨の間に埋まる。視野が狭まる。口が開き、ひゅうひゅうと細く高い息が漏れる。
「あの勇者、案内しなさい。可愛がってあげる。もちろんお前のことも」
目の前が、ばちんと光る。眼が溶けるような痛みと熱さが襲う。皮膚が爛れくっつくのを感じる。肉の焼ける臭いが鼻につく。
衣擦れの音がする。
やわらかい髪の毛が顔にかかる。影は俺の耳元で囁いた。
「かわいそうに」
喉から手が離れる。突然口元を襲う大きな空気の塊に、俺は咽せた。
「私はいつでも殺せる。お前も、あの勇者も、仲間のことも、私の前に跪くものであるならば、こうして殺しにくることができる。お前たちに与えられた命が、どれだけのものか、覚えておくがいい」
女将が階段を上がって来る。扉が遠慮がちに叩かれた。
「お客さん、今の光は」
「…………俺にも見えた。森だ」
窓は薄く開き、夜風が部屋を吹き抜ける。
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