6-3
「ちょっと遠いけド、大丈夫カ?」
「ああ」
「全然」
「送っていこう。俺はまだ本部に用がある」
「それなら俺も。お手伝いします」
「じゃあ私はここで。ミラに会いたくなったら旅団本部にきたらいいんだね?」
大胆な言い方にまごつくと、ユキは面白そうに笑い声をあげた。
「というより、ゼロに会いたい、の方が近いかな?魔術を教えてほしいから」
「……空いていたラいつでモ」
「ありがとう!また!」
表情を明るくしたユキは夜の闇に消えていった。
「すごい、人」
「話しやすい方ですよね!」
驚いているイアに、ヨハンが嬉しそうに言う。
「商売もお上手です。行商人なのにユキさんから買いたいって言う人がいるほどで。俺も詳しくは分からないのですが、このあたりの行商人の中では有名人ですよ」
「勢いガ凄いナ」
ゼロがぽそりと呟いた言葉に俺は笑う。彼女は無口な方だ。ユキの押しの強さはなかなかの衝撃だったろう。
「あれは昔からだ」
「付き合ってるんですか?」
「誰が?」
イアの問いかけにサイリがぎょっとした顔で振り返る。
「俺がユキと、か?まさか」
心底面白そうに口元がほころんでいる。満更でもないんじゃないか、と思うのは俺だけだろうか。背丈の感じからしてもお似合いだと思うが。
「サイリさん、彼女いませんでしたっけ?」
「余計なことを言うな」
所詮鈍感な俺の推測だ。見事に外れたらしい。
「そういうお前はどうなんだ、例の彼女とは」
「うわ!サイリさんと恋バナなんてしたくないですよ!」
仰け反るヨハンにサイリは小さくフ、と笑う。
町の真ん中を通り過ぎて少し歩いた頃だった。
「……ん、」
サイリが立ち止まったので、俺も止まる。彼は俺とほぼ同じ背丈だ。なかなか背が高いんじゃないか。というと、俺の心の中のアワが「背丈だけに絶対の自信があるの、やめた方がいいんじゃない?」とうるさいのでかき消しておく。
「……珍しいですね」
ヨハンも気づいたようで、明るかった声のトーンが落ちる。
前方に六人ほど、男がいる。……シルエットが見える。ガタイがよく、外股の歩き方が粗暴な印象だ。
「あの人たちが、どうかしたの?」
「何か持ってル音がするナ」
ゼロはさすがに耳ざとい。耳を澄ましたが、俺には何も聞こえなかった。
「死霊か?」
「まさか」
サイリひとり、先程とまったく同じ様子で笑う。
「強盗だろう」
俺はその端正な横顔を見つめる。鼻が高すぎる気もするが、美しい顔立ちをしている。特別な表情は浮かべていない。しかし。墨色の目の中に、一瞬、ぎらりと獰猛な光が走ったのを俺は見逃さなかった。
「先に行かせるから、このまま歩いていけ。話しかけられなかったら無視すればいい。話しかけられたら騒いでくれ」
「二人はどうするんだ?」
「旅団の制服を着てるんだ。めったなことはしないさ」
「でも話しかけられたら、俺たちは騒ぐんだろ?」
「旅慣れぬ他人が襲われているのを、見殺しにする市民にはなれませんからね」
ヨハンが薄く笑みを浮かべながら言った。声は低いが、冷酷そうな表情を浮かべていても温和な雰囲気は消えない。
「騒いだ後どうすれば?」
「隠れていればいい。また明日、旅団の本部を訪ねてきてくれ。場所ならすぐ分かるはずだ。悪いがここでお別れになるかもしれないな。そのときには良い夜を……」
二人はそっと後ずさりした。俺たちは二人に言われた通りに進む。
「あれは聡いナ」
ゼロが呟いた。どこか楽しそうに聞こえるのは、察しが悪い俺の勘違いなんだろうか。
「宿に案内しよウ!」
急に快活な声を出した彼女に俺は目を剥く。
「ちょっと……」
イアが助けを求める顔で俺を見たので、首を横に振って応える。今回の推測は合っているみたいだ。ゼロは確実に楽しんでいる。向こうの男たちの技量をもう判断したのだろうか。
「良い酒と飯だっタ、ボクの取った旅館も素晴らしイこと間違いなしダ、期待するトいイ。何セ奮発したからナ」
無口じゃなかったのか?
とても楽しそうなゼロに閉口しながらついて行くと、小声で窘められる。
「おイ。なんで話さないんダ?警戒していルとバレたら襲われにくイだろウ」
「襲われたいんじゃないんだよ……」
イアの冷静なツッコミも意に介さず、ゼロは上機嫌な足取りで歩みを進める。
「……あー……楽しみだなあ!なあ、イア!」
「……そうだね」
こいつまでおかしくなっちまったか、という冷たい視線をありがたく頂戴しながら、俺も声を張り上げた。
「もう、下手くそ」
イアが頬を膨らませる。
「奮発したって、一体いくら?」
「ン?」
ゼロがイアに耳打ちする。
「それで奮発?せっかくならもうちょっといいところでもよかったんじゃない?」
あまりに自然なイアのセリフ回しに絶句する間に、男たちが何かを引きずりながら歩く音と、ドタドタとゆっくりだがうるさい足音が耳に入るようになってきた。
「……おい」
男たちの中心にいた、一番身体が大きい男と目が合うタイミングで、俺は二人を小突いた。
「何?」
こぼれんばかりの笑顔を顔に貼り付けたイアがわざとらしく振り返り、首を傾げる。
「兄ちゃぁん」
ねちっこい話し方で、真ん中の男が話しかけてきた。
「イイ勘してんなぁ?おい」
男たちは手馴れた様子で俺たちを取り囲む。
「その背中の長物、たんまり持ってる金の一切、全部静か~ぁに置いて行ってくれたら何もしないでおいてやるよ」
「楽しい旅行中に、連れの女を傷物にされたくないだろ?」
「それともなんだ、頭領はこっちのチビかぁ?」
「なんだお前、変な眼帯つけて。さすがアナグマベイビーだ、クラインの何処で手に入れたんだい?鉱山か?」
子人族に偏見がある人はだいぶ減っているが、まだ一部の人が子人族を蔑称で呼ぶ。アナグマベイビーというのは、人族より脚が短い子人をアナグマに喩えるスラングだ。
「失礼な奴だナ。ミラ」
「んぇ?」
思わぬ所で名を呼ばれ、妙ちきりんな返事をした俺に、ゼロはきゃんきゃんした調子で続けた。
「やっちまエ!」
……は、話が違うんじゃないか?
「おうおう、口ばっかり達者なアナグマベイビーだぜ。兄ちゃん、言う事聞かねえならお前のカノジョ、どうなるか分かってんだよな?」
あぁもう、どうにでもなってくれ。
「おう、なんとでもしてみろよ!吠え面かくのはお前だじぇ!」
……決まらなかった。
「キャー!!!」
イアが甲高い悲鳴をあげる。
俺はしょうがなく槍を抜いた。月光にぬらりと光る槍の切っ先を見て、男たちの顔色が変わる。ぎょっとした男たちは、次の瞬間には好戦的な表情を浮かべ突進してきた。よいしょ、とばかりに担ぎあげたのは棍棒だ。
二人、まだ来ないのか?
まともにやり合っては槍が折れてしまうので、槍で手首を狙いつつ、棍棒を避けながら、素朴な問いを頭にうかべる。
「おい、何をしている?」
「ァあ?」
治安の悪い反応とともに、男が後ろを向く。
「後ろだ」
俺と男の間に割り込んだ白ローブ……サイリは、手早くその両手をひねりあげて紐のようなもので縛った。ついでにがら空きになった腰にきつめの正拳突きを入れる。
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