6-2

「セングラードではないガ」


 ゼロがまた話し出す。


「ラフキンという街があるだロ、南の方ダ。あそこは当時街と森の奥との距離が近かったかラ、街にもよく魔獣が出ていタ。戦っタ……こともあったヨ」


「街頭に魔獣なんて、今では考えられませんね」

「しかし代わりに悪党だ」


 ヨハンとサイリが首をすくめながらささやきあう。なかなかいいコンビらしい。


「もちろん魔獣の数は森の方が多かったシ、強かったけどナ」

「ふうん……」


 俺は想像する。暗い森の中に跋扈する厄介な怪物たち。空気に魔力が満ちていた当時、魔法使いたちや魔術使いたちが指先ひとつでそれらを蹂躙し、攻撃を躱し、とどめを刺す瞬間を。


「魔術の訓練は大変だろうけどな……」

「そうだね」


 ユキが微笑む。


「魔獣だって魔力の影響を受けるわけだから、今の魔獣より手強い存在だったんだろうね。私は魔術も魔法も使えないから羨ましい気もする。魔法のほうが才能に左右されがちなんだっけ?」

「魔法はあくまで特殊な能力デ、魔術はその神秘性を検証した知識ヲ系統的に真似るイメージがあるナ」

「魔術で言えば、リスパルイアを建てたシユが有名ですね。彼の頃はすごかっただろう、神話のような時代だ」

「シユか……」


 はるか昔に存在した偉人だ。男の子の大抵は一度は憧れるのではなかろうか。彼はリスパルイアという魔法学校を建てた。アインスには魔法使いの卵のための学校がいくつかあるが、リスパルイアとヒルデカルドは名門中の名門、本当に素晴らしい才能を持っているごく一部の魔法使いだけが招かれる学校だ。


「魔法魔法と言うガ、ボクたちは日頃から自然に使っているだろウ。イアの杖もそうダ。ミラは魔法はそう器用には使えないが、魔術なら誰でも使うことが出来ルわけだかラ」

「ヨハンの彼女は魔法士だったよね?」

「ユキさん、本当にどこまで知ってるんですか!?」


 にんまりと笑うユキと、慌てるヨハンを微笑ましく見つつ、俺の頭に疑問が浮かぶ。


「魔術は身につけられるのか?」

「そうだガ……知らなかったのカ?」


 ゼロが驚いたようにこちらを見た。


「知らなかった。イアとアワは魔法ができるだろ、でも俺は出来ないから、魔術なんてもってのほかだと思ってた」

「魔術なら誰にもできるさ」


 サイリが言う。

「うちにもたくさん魔術師がいるし、そのほとんどが魔法を持たないよ」


 驚くことが多い一日だ。


「どんな風に学ぶんだ?上達するのか?」

「ミラ、魔術を練習するの?」


 隣で目を丸くするイアに俺は言う。


「出来ることは増やしておきたいじゃん」

「じゃあボクもする」

「初耳だったな、私も学びたい」


 どさくさにまぎれ、ユキまで入ってきた。三人の目が向かうのは当然、


「……もちろん、適性があるがナ。昔に比べ本当に魔力が足りていないシ、ボクが物心ついた時にハ既に魔法や魔術一本で勝負するような人々は減っていタ。ヴィリタナにはまだ沢山居たようだガ、今はどうか知らン。武器を使って魔力を放出することで魔法を作っている者も多かったシ、純粋な魔法士などわからなイ」


 ゼロは落ち着き払って言った。


「ヴィリタナって、アインスの東だよな?ヴィリタナには魔法士が多かったのか?」

「教科書にも、全然書いてないよね、ヴィリタナのこと」


 サイリやヨハンも頷く。


「ヴィリタナか……確かに、陸続きなのに向こうに行く商人も少ないね」

「あそこハ……荒れていルと聞いタ」

「ゼロも知らないの?」

「行ったことはなイ」

「砂漠が広がっているとは聞いたことがありますがね。夕暮れには沈む太陽が砂地に照り映えて、さぞ美しいでしょう」

「ボクは知らなイ」


 ゼロが間髪入れずに断った。さっきのでヨハンへの印象が悪くなったのだろうか。


「いつか見れるといいですが。そういえばミラくん、……ミラ殿?」

「ミラでいいっすよ」

「よかったら、うちで手合わせを願いたいのですが。いけませんかね」


 後半部分は上官への問いかけでもあるらしい。サイリの方を見るヨハンに、彼の上官はなにかに気がついたようにあぁ、と声を漏らした。


「勇者というのを言ってしまえば迷惑かもしれないが、外部の人間との手合わせはいい鍛錬になるだろうな。差し出がましいようだが」

「俺はいいけど……」


 城に向かって進まなくていいのだろうか。イアとゼロの方を見る。


「ボクは賛成。力をつけてから出発できた方が安心だから」

「ゼロはどう思う?」

「……いいだろウ。ただ宿代が嵩むから、お試し入団ということにはできないカ」

「お試し?」

「仕事を回してほしイ」


 サイリは頷いた。


「いいだろう。その方が実戦経験も積めるだろうし、俺もそれで賛成だ」


 ヨハンが嬉しそうに笑うのと、ユキが微笑むのとはほぼ同時だった。


「そろそろ出よう。閉店だよ」

「もうそんな時間か」

「楽しい時間はあっという間でしょう?」


 いたずらっぽく笑い、ここは出すよ、とユキがカバンを探る。ありがたくご馳走になることにして、皆で店を出た。

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